Saturday, September 16, 2006

天国で謀反!/mutiny in heaven

(アホウドリ/番外編その2)


昔よく聞いたバンドの歌のひとつにこんな一説がある。

これが天国だって?
おろさせてもらうぜ

安っぽいブリキの風呂桶にもがまんがならねえ。
くずやネズミでいっぱいだ。
一匹、俺の魂の上を走る。
瞬間,地上のゲットーへ戻ったかと思ったぜ。

極楽のネズミ,極楽のネズミ。
ごめんこうむるね,天国で謀反!
(ザ・バースデイ・パーティ:天国で謀反!)

考えてみりゃ,これが今,人間が天国に物理的に一番近づける行為についての感想だ。

ごめんだね、おろさせてもらうぜ。天国なんて,まっぴらごめんだ。

俺のこれまでおかしてきた罪か?いくつもあるぜ。知りたいなら教えてやる。罰や褒美の話さ。

最初に乗ったのはヒコーキもどきさ。ガキの頃、近所の国宝の城の中庭にあったけちくさい遊園地で紐につり下げられたブリキのヒコーキでぐるぐると。空中高く飛ぶことは怖くもあり,快感だった。地を這う人間がとっても小さく見えたっけ。でも,それは所詮おもちゃで,塔の周りを回るだけでどこにもたどりつけはしなかった。降りてみれば,前と同じ場所だった。

本物のヒコーキに乗って、どこかへ行ったのはオーストラリアに来たときだ。当時の飛行機じゃ,8千キロをひとまたぎすることができず,あちこち,降りたり上ったり。本物でもそんなよたよたしたころの話だ。当時のカネで40万とかしたかな。往復だけど,エコノミーの値段だぜ。おいそれと気軽には飛べない時代の話だ,

3、4年はおとなしくしてたかな、それから。大陸はあちこち,行ったさ。ああ,ヒコーキも乗ったよ,何回か。でも,まだまだ鉄道やバスが多かったね。何しろ,飛ぶのは高かったし,時間はたっぷりあったから。夜行バスや夜汽車の方が性に合ってたのかもしれないね。

日本へは一度戻ったけど,それだって,かなり決意のいることだった。もう帰って来れないかもしれない,そんな悲壮な面持ちで、身の回りすべて整理してからヒコーキに乗ったものさ。友人たちに長くなるかもしれないお別れをして。ああ,悲壮なものさ。

そのあとくらいからだね、バンドやラジオやテレビの取材に関わるようになって。それから10年間ちかく、あちらやこちら,ツアーや取材にかこつけて、飛びまくったね。

背中に翼が生えたような気になって,飛ぼうと思えばどこでも飛んでいけた。最初は物珍しいから,楽しかったさ。空港へ向かうがらがらのバスの中、隣に座った娘と恋に落ち、その娘を追っかけて太平洋を越えたりしたこともあった。たくさんのすばらしい人たちに出会えたんだから、悪いことばかりじゃなかったことは認めるよ。何ヶ月ぶりかに地上に降りてみると,すっかり様相が変わっていて面食らうこともしばしばだった。それが楽しい時期もあったな。でも、しばらくしたら、もう背中の羽が苦痛で仕方ない。まだ,いっぱいいろいろ、行ってないところがたくさんあるってのに,もう、飛行機に乗るのが苦痛になってしまった。

飛行機だけじゃない、空港も搭乗員も隣の乗客の体臭も耐えられなくなり,しまいにはもう,へべれけに酔っぱらい、らりらりじゃないと飛べないほどになってしまった。プラスチックに蛍光灯,コンクリにまずい空気。エアコンに汚い屁。当たり前さ,背中を突き破ってはえ出した翼ってのは、どろりどろり、アブラまみれだったのさ。

これが天国だって?おろしてくれ,もううんざりだ。

飛行場で醜態をさらすことなんか,ちっとも苦にならなかったね。場末の空港で大げさに反吐を吐いて、目を上げたら自分の書いた旅行ガイドをひろげる人の前だったなんてこともある(びっくりさせてごめんね)。カイピリーナを飲み過ぎたブラジルからの帰りには途中で停まったリオで、こらえきれなくなってタラップの外から、飛行機の窓へげろを吐いたこともある(ごめんね,驚かせて)。空港ですごす時間を少しでも短くするため,いつも到着するのはぎりぎりで,フライトに乗り遅れることなんてしょっちゅう。トイレで酔いつぶれてたおかげで、乗り継ぎの便が飛べなかったこともある。

まいってたのは気持ちだけじゃない,からだもひどかったね。皮膚はかさかで、ぼろぼろさ。血の巡りも悪くなる。それもそのはずさ、よく見たら,背中の翼はアブラでできていたんだ。腕の血管にぶっとい注射針を突き刺し,安物のアブラを注入しないとだめなんだ。アブラをちょうだい,アブラをちょうだいって。どくんどくんとちょうだい。ちょうだい。もっとちょうだい。

これが天国なら,おろしてくれ,もううんざりだ。

数日前,背中の翼をのこぎりでごりごりと切り取った。
俺たち,最近の移民にとっちゃあ、そりゃ,大変な決断さ。アブラでてかてかの翼がなくなった今,もう海を延々と渡るしか,生まれ故郷に戻ることもできず,両親にも友人や知人にも会うことはできないんだから。大変な決断さ。

でも、もう、これ以上,きたねえ屁をまき散らしながら,アブラまみれの翼を背中に抱えるつもりはない。翼を切り取った今,もう、飛ぶことはできない。隣の国へ行く用事がひとつ、それが終わったら,もう飛ばない。飛行機も,飛行場もすべておさらばだ。ああ、あの臭い屁をかがなくてすむと思うとせいせいするぜ。

これが天国だって?冗談じゃねえ。おろしてくれ,もううんざりだ。

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