節電や省エネの方策のひとつとして昨今とりあげられることの多いものにスマートグリッドがある。スマートハウス,スマートシティなども含めた「スマート」なシステムは、エネルギー消費を抑えたり気候変動への対策として、また脱原発の文脈の中でとりあげられることも多い。
「スマート」というのは賢いという意味だから、スマートグリッドとは「賢い電力網』ということになる。もともとはアメリカで考案されたもので、発電設備から末端の電力機器までコンピュータで電力網のなかの需給バランスを最適化するよう調整し、事故や過負荷などを抑え、コストを最小に抑えることを目的とするものだ。従来の中央での一括的な制御だけではなく、自律分散的な制御方式も取り入れ、エネルギーの効率的な生産、消費を図るものだ。簡単にいえば、コンピュータにエネルギーの流れを管理させ、賢くエネルギーを使おうとするシステムのことだ。
これを住宅などの建物、都市に取り入れるものが、スマートハウスであり、スマートシティということになる。スマートハウスの「2020年の関連市場は、世界市場が2011年比441%の11兆9,431億円、国内市場が同比279%の3兆4,755億円となる見通し」との試算もある。新たなビジネス機会と捉える企業も多い。
日曜の東京新聞の付録にも「環境ジャーナリスト」の手になる『ITとエネルギーが”結婚”無理なく「創エネ」「省エネ」』と題するヨイショ記事が載っている。
「例えば,わが家の電気代の上限を決め,消してもさほど困らない家電を登録しておきます。すると,上限に近づくにつれ,自動的に登録してある順に家電を消したり「弱」に切り替えたりして,設定した電力消費量まで減らしてくれるのです」とこの記事は、「スマートなシステム」を導入すれば節電や省エネが簡単にできるかのような幻想を振りまく。
しかし、はたして賢いシステムは本当に節電や省エネにつながるのだろうか。そうなることもありえるが、実際はエネルギー効率が格段に向上しても,エネルギー消費量は横ばいか増加することがほとんどだ。コンピュータ、テレビ,クルマのエンジンはそのいい例だ。たとえば、プラズマの技術はそれ自体、それまでの技術よりエネルギー効率は向上した。しかしテレビが大型化したり、販売台数が増えれば、消費するエネルギーの量はほとんど変わらなくなってしまう。ハイブリッドエンジンがエコだからといって、自動車の台数が増えたり、ドライブする距離が増えれば元の木阿弥だ。節電や節エネのために開発された技術も、節電や省エネにもつながるとはかぎらない。むしろ、エネルギーの効率が良くなったおかげで、エネルギーの消費量は増えるという逆説は19世紀半ばにそれを指摘したイギリスの経済学者ウィリアム・ジェヴォンズにちなみ「ジェヴォンズの逆説」と呼ばれる。
スマートなシステムのもうひとつの問題は個別の器具や家庭での電力使用量だけに目が行きがちになることだ。例えば,100wの電球よりも15wの電球の方が消費エネルギーは少ない。電気器具も3時間使うよりは2時間使う方が使用電力量が少ない。というように。使用中のエネルギーに注目することは重要だが、それらの器具や家を作るためにどれだけのエネルギーが投入されたのかということを忘れがちになる。それの寿命がきたとき、廃棄するためにどのくらいのエネルギーが必要になるかということも見落としがちだ。
現在使用される家電は使用中に使われるエネルギーよりも大量のエネルギーが製造過程で投入されるものがほとんどだ。だから、それを勘定に入れず、使用中の電力やエネルギーの多少だけに腐心してもとても賢いとはいえない。
たとえば、スマートなステムの中枢を司るコンピュータについて、それを生産するためにどのくらいのエネルギーが投入されるのか。現在ネットで見つかるのは2004年に行われた研究だけだ。それは1990年に製造されたコンピュータについての研究だが,製造の過程で83%のエネルギーが使われ、実際の使用中にはわずか17%ということだ。だからコンピュータを実際に使用する時にどれだけ節電しようが、すでに大量のエネルギーが投入されてしまっているので、やらないよりはましだが、焼け石に水ということになる。
1990年製造のコンピュータとそれから20年後に作られたものを比べると,新しい製品の方が格段に進歩したように感じるかも知れない。確かに図体は小さくなり軽量で、できる仕事は格段に増え、しかもスピードも早くなっている。製造のために投入されるエネルギーも少なくなったように錯覚するかも知れない。しかし、作業が早くなったのは中に入る半導体が「進歩」したからであり、使われる半導体の数も格段に増えたからだ。したがって、投入されるエネルギーは増えているはずだ。
半導体の材料はシリコンだが、この製造にも膨大なエネルギーがかかる。日本にはシリコンの原料となるケイ素が2億トンあるというが、ほとんど利用されていない。なぜかといえば、それは二酸化ケイ素を還元し、金属シリコンにする時に膨大な電力が必要になるからだ。日本は電力の安い国で金属シリコンに還元されたものを輸入しているのだ。このことだけを見ても、賢いシステムの中核には膨大なエネルギーが投入されることが分かる(しかも、このエネルギーコストには「研究/開発」や「教育/訓練」などに投資されるエネルギーは勘定されていない)。
それでも製造過程で投入したエネルギーより大きな節電や省エネができれば問題はないのだが、「スマート」なシステムは、たぶん、そこまで頭が回るほど賢くはないようだ。
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