原油価格はしばらくぶりに120ドル台に下がり,奇妙な安堵感が広がっています。
しかし、アブラ生産のファンダメンタルはまったく変わっておらず、このまま価格が下がっていくと楽観する理由は何もありません。「砂漠の黄昏」の著者,マット・シモンズはアブラが最高値をつけた頃,これでもまだ安いと発言しています。マスコミや政府はどこにもいない犯人探しに忙しく,だれもこれを警告として、真摯に受け止めていないとも語っています。
注目しなければならないのはむしろ、ここ一週間、十日ほどの間に20ドル近くも価格が下がったことです。国営イラン石油会社の元副社長でテヘラン大学でイラン史の講師、故アリ・サムサム・バクティアリはピーク以降の最初の3,4年間の特徴は価格の不安定さにあると指摘しました。バクティアリによればアブラ生産は既に去年あたりがピークのはずで、それが正しければこれから2010年くらいまで、アブラの価格は急上昇と急降下を続ける,穴だらけのでこぼこ道をいくことになります。そしてこの不確実さは経済の見通しを立てにくくします。
2006年7月、オーストラリアの上院公聴会に招かれたアリ・サムサム・バクティアリは、ピークが及ぼす最初の影響について、次のように証言しました。
「ピークの最初の犠牲者は航空産業です。航空産業はすでに損失が出ています。ジェット燃料は原油の値上がりの影響を直接受けます。これから航空産業はどうやりくりするのか見当もつきません」(上院議事録より)
2007年10月に急逝したバクティアリは世界の原油生産ピークが2006年から2007年に訪れると予測しましたが、世界の原油生産はバクティアリが2003年に発表した予測にぴったり沿うように推移しています。
人間がアブラの力を借り、空を飛べるようになってから100年ちょっと。格安航空券が氾濫し、ホリデーは海外,ちょっとした出張もヒコーキが当たり前、猫もしゃくしもマイレッジをためる時代です。人間は自らの肩の付け根に翼を獲得したかのように錯覚しています。
しかし,それはあくまでも幻想にすぎません。人間が空を気軽に飛べなくなる日はオイルピーク以後、すぐに訪れます。逼迫するエネルギー事情の影響をもろに受ける航空業界はすでに末期的症状を見せ始めています。すでにばたばたと倒産や営業停止に追い込まれる企業が続出し、まだ生き残る会社も路線縮小に大忙しです。
なかには無料風俗サービスで客を釣ろうなんていう航空会社もあります。ビジネスクラスの客にはシャクハチの無料サービスを提供すると記者会見で発表したのはライアンエアの社長です。ジョークのつもりでしょうが、空を飛ぶはずの航空会社のモラルは落ちるところまで落ちたもので,航空業界の火の車ぶりを示しています。
航空業界の尻にどれほど火がついているかというと,今年4月にはアメリカで3つの航空会社が立て続けに乗客輸送サービスから撤退しています。前年に「世界最良の新航空会社」に選ばれたばかりの香港のオアシス航空(甘泉香港航空)も破産申請しています。翌5月にはアメリカのチャンピオン航空がやはり営業停止に追い込まれています。
営業停止に追い込まれるのは、スカイバスのように薄利多売を狙った新興格安航空会社ばかりでなく、1973年からチャーター便を運航するATA,そしてハワイをベースに61年の歴史を持つ老舗のアロハ航空などもジェット燃料の高騰と過当な価格競争が理由で廃業に追い込まれています。イタリアのフラッグキャリアーであるアリタリア航空も経営難が伝えられています。
音を上げた航空業界は「原油高騰の原因は投機マネー」説にすがりつき,その抑制を求め,「異例の広報活動(時事通信)」を始めました。
「石油価格を安定させる最も手っ取り早い方法は、先物市場での無謀で不公平な投機の抑制だ」。アメリカン航空、ユナイテッド航空など米国の主要航空会社と業界団体はこのほど、「今すぐ石油投機を止めよう=SOSナウ」というウェブサイトを立ち上げ、エネルギー先物市場での投機抑制策の早期導入を米政府に訴える異例のキャンペーン活動を始めた。
投機マネーの過度な流入は原油価格高騰のひとつの理由には違いありませんが,政府の力を借りてそれを抑制してみたところで、原油価格が1バレル20ドル前後のおいしいレベルに戻るわけがありません。現在の1/7以下の価格だったのはわずか6年ほど前のことです。
グローバル化経済を支えてきた航空業界はオイル・ピークの最初の犠牲者であり、そのあとには航空業に頼る運送サービス業,観光業や旅行業、遠隔地の市場をあてにする製造業が続きます。ジェット輸送に頼る生鮮野菜なんてのもすっかり先が見えています。
日本では日航が地元の反対にも関わらず,国内地方線の整理にはいっていることを沖縄タイムズが伝えています。沖縄の仲井真知事は「(沖縄は)観光を大きな産業として食べている県なので、いろいろな路線がこういう状況になるとわれわれは生きていけない」と言っています。その通り、航空に依存する産業は観光業だけでなく,これからどんどん状況が厳しくなります。
安いアブラまみれの翼がそろりそろりともがれつつある、そう自覚し、個人も企業も頭を切り替え、新時代への備えをしなければなりません。翼を持たぬ人間が簡単に飛べる時代が異常だったのであり,そんなものがいつまでも続くわけがありません。航空産業や航空機、航空時代はやがて終わります。
これからも航空需要がこれまでのように伸び続けるだろうと考え空港を新設したり拡張したりするのは、まったくもって時代錯誤の狂気の沙汰,資源の無駄使いとしか言えません。飛べることを当てにした企業経営方針は使い物になりません。個人のレベルでも、簡単に海外旅行できる時代はぼちぼち終わることを意識しなければなりません。
飛べなくなるまで飛び続け,イカロスのように失速し墜落するのか。それとも一歩ずつ、地面を目指して意識的に降下していくのか。やがては大地に降り立つわけですが、どちらの過程を選ぶかにより,結果は大きく違ってきます。飛べなくなる前に飛ぶのをやめ、航空機に頼る暮らしをやめるのか、それとも翼がちぎれるまで飛び続けるのか。どちらを選択するのか、まだ、わずかですが時間は残されています。
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