パレスチナ評議会の選挙は予想された通りハマスの勝利に終わりました。「国際社会」の反応はいろいろ報道されている通りですが、オーストラリアではハワード首相が持ち前の従米ぶりを発揮し、ハマスの武装解除、イスラエル承認を求めています。しかし、「国際社会」はイスラエルにたいしてはその行動を改めろとは一言も言いません。
この選挙はどんな意味があるのか、紛争の根底に何があるのか、ハマスがイスラエルを承認することで何かが解決するのか。下記に、エレクトロニック・インティファーダの共同設立人、アリ・アブニマーの分析を訳出します。
なお、最近公開された映画「ルート181」を素材に、そこに「登場する人物たちやその発言から、パレスチナ・イスラエルに横たわっている複雑な問題」を解説する新しいウエッブサイトができました。ルート181から読みとくパレスチナとイスラエルがそれ。「ためらいの言葉や、激高、嘆息の背後にあることを、明るみにだそうとする試み」で、「時間と空間を旅し、この両者の間にある問題を一回洗いざらいにして」います。今回の選挙の結果の底に横たわる現代社会の暗部を照射する渾身のウエッブサイトです。必見の力作。
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Hamas Election Victory: A Vote for Clarity
ハマスの選挙勝利:明晰さを求めた投票
アリ・アブニマー(Ali Abunimah)
エレクトロニック・インティファーダ
2006年1月26日
パレスチナ自治政府評議会選挙におけるハマスの勝利に、誰もが「これからどうなるんだ」と口にする。それにたいする答え、そして、選挙の結果が良かったのか悪かったのか、その判断は誰がその疑問を差し挟んでいるのかによって大きく左右される。
ハマス勝利は予想されてはいたが、勝利の規模は、広く言われるように、「衝撃的」だ。ハマスの劇的な勝因はいくつかあげられるが、パレスチナ運動において何十年も支配的な立場にあり、傲慢にも、自ら、議論の余地のない、正統な指導者とみなすようになったファタハの腐敗、シニシズム、戦略の欠如に対して有権者が幻滅を抱き、嫌気がさしていたこともそのひとつだ。
しかし、選挙の結果はまったくの驚きではなく、最近の出来事がすでに暗示していた。たとえばヨルダン川西岸地区の北部のカルキリア市だ。イスラエルの入植植民地に取り囲まれていたが、コンクリート製の隔離壁に包囲が完成し、カルキリアの5万人の住民はイスラエルが管理する巨大なスラムの囚人にされてしまった。カルキリアの市議会は長い間ファタハの牙城だったが、壁の完成後、昨年行われた市議会選挙で有権者はすべての議席をハマスに与えたのだ。この「カルキリア効果」が占領地全域に波及し、伝えられるところによれば、ハマスは選挙区から選ばれる議席を実質的に独占したようだ。だから、ハマスの勝利は、屈服を強要するイスラエルの努力に対するパレスチナ人の抵抗の決意の表明であり、ファタハに対する不信任なのだ。紛争とは占領と抵抗なのだ、ハマスの勝利は紛争の原点をあぶり出す。
占領下のパレスチナ人にとって、ハマスの勝利がどんな意味をもつのか、まだはっきりしない。選挙の結果に基づき、パレスチナ「政府」が組閣される、というように、まるでパレスチナがすでに独立した主権国家であるかのように扱うことが現在では広く行われている。しかし、政府の最低の義務が国民の生命、自由、財産を保護することにあるならば、パレスチナ自治政府はこれまで、とうてい政府と呼べるような代物ではない。自治政府は誕生した時から、イスラ エル軍が自分達の町のまん中や難民キャンプで行う日常茶飯な殺傷からパレスチナ人を守れなかったし、入植者の植民地として押収される土地を1ドゥナム(訳注:土地の単位、約1000平方メートル)さえ守れなかったし、過去10年、イスラエルが根こそぎにした100万本以上の木の苗木ひとつすら守ることはできなかった。むしろ、パレスチナ自治政府は、パレスチナの抵抗を押しつぶし、占領地域におけるイスラエルの植民地化を恒久化し、安全にするためにイスラエルの肝煎りで作られたのだ。ハマスが自治政府がそんな形で続くことを許さないことは確実だが、イスラエルに対する抵抗運動の一部に変換することができるかどうか、それは定かではない。ハマスはイスラエルに対する一方的な休戦をこの1年間守ってきたが、イスラエル側が休戦に合意するなら、それを継続する意志を示している。優位に立つハマスは、明らかに、そのような申し込みが可能だと信じており、戦術的にも全面的な武装抵抗を再開する時期や方法をはっきりしないでおくほうが有利なことを知っている。
ファタハの影響下にあるパレスチナ自治政府の保安部隊のなかには、ハマスが率いる政府に従おうとしないものがいるかもしれない。自治政府の中に残る数少ない組織が崩壊し、民兵組織に分割されることも予想される。選挙の結果を尊重しないと公言するイスラエルやアメリカは、そのような内部対立を助長することに興味を示すかもしれない。イスラエルは、ハマスの勝利を口実に、これまで以上の抑圧をおこない、西岸地区では、できるだけ多くの土地をできるだけ少ないパレスチナ人人口で収奪するための壁の建設、入植植民地の建設に拍車がかかるだろう。そんな展開になれば、イスラエルとパレスチナのあいだで、暴力的な紛争が劇的にエスカレートする危険性がある。
パレスチナ人の多数は離散し難民や亡命者として暮らしているが、これらの人は紛争解決へのプロセスから次第に除外され、取り残されてきた。イラク人について、アメリカとその同盟国は、国連の援助のもとで、「国外の有権者」が選挙に参加できるよう驚異的な努力をしたにも関わらず、同じ勢力は、パレスチナ難民に声を与えることには関心を示さなかった。パレスチナ難民のほとんどは、ファタハがイスラエルとの和平交渉の課程で自分達の権利を売り払うだろうと思っており、ファタハには、こういう人たちの参政を強く要求する理由はなかった。難民が人口の90パーセントを占めるガザで誕生したハマスが、これらの国外離散者の懸念に明瞭にこたえる政策をとりあげるのかどうか、それはまだわからない。
「国際社会」(と言っても、たいていの場合、それはアメリカ、欧州連合、ロシアとコフィ・アナン国連事務総長の4者のことを指す)にとって、選挙結果は大誤算だった。4者、そして、4者の知的なたわ言のほとんどを生み出す資金豊富なNGOやシンクタンクの一群は、イスラエルの占領を終結させるのではなく、パレスチナ人を「更生する」ことで紛争を解決しようとするアプローチを築き上げてきた。これらの勢力は名目上ニ国家制による解決を約束しながら、イスラエルにたいしては土地の没収や植民地の拡大を止めるように圧力をかけるでもなく、その一方で、ファタハ率いるパレスチナ自治政府を終りのないゲームに引きずり込み、パレスチナ人は自分達が基本的人権を与えられるに相応しいことを証明するためになんでもやらなければならないようにしむけた。この和平交渉産業は昨夏、イスラエルがガザから8000人の入植者を撤退させた時、その戦術を歓迎し、イスラエルが西岸地区にこれまで以上の数の入植者を送り込み、実質的にニ国家制による解決を不可能にしていることについては沈黙した。
このゲームの主な目的は、公正で長続きする平和をもたらすことではなく、4者は地域にとっても世界にとってもたえることのない懸念の的である紛争の解決に何もしていない、という嫌疑に対し予防線を張っておくことだけだ。この4者が真の平和を目指すなら、イスラエルに面と向かい、責任のある行動をとらせることができるが、それをやるだけの政治的な意志に欠けている。ファタハはそのゲームにおいて、囚人であると同時に不可欠なパートナーであり、共犯者であったことはまったく疑いがない。そうでなければ、なぜ、アメリカはここ数ヵ月のあいだにいくつものプロジェク トに何百万ドルも使い、票を金で買うようなことまでして、必死にファタハを支えようとしたのか?また、なぜ、欧州連合は、パレスチナ人がハマスに投票するならば援助を止めると脅迫したのだろうか?ほとんどのパレスチナ人は、交渉に次ぐ交渉、何億ドルもの対外援助にもかかわらず、これまでにない規模の土地が収奪され、自分達が以前にもまして貧しくなり、自由でなくなったことを身をもって知っている。この手の贈収賄と恐喝がパレスチナ人にはまったくきかず、むしろ、逆効果になり、ハマス支持を増やしたのだ。
ハマスの勝利は、紛争の責任をイスラエルの植民地化からパレスチナ内部の病理にそらそうとする企みを根底から覆すものだ。しかし、和平交渉産業は簡単にはあきらめず、今度はハマスに向け「責任のある」行動をとれ、立場を「やわらげろ」と呼び掛ける。それはすべての抵抗をやめ、これまでファタハによって演じられてきたおとなしい共犯者の役を引き受けろということにほかならない。
アメリカはすぐに「イスラエルの承認」をハマスに突き付けたが、それは時計の針を25年戻すようなものだ。当時、PLOを無視して和平交渉から閉め出すための口実として、まったく同じ要求が使われたのだ。しかし、ハマスが見てきたように、PLOはこれらの要求をすべて飲んだのに、イスラエルの占領はすこしも緩まず、アメリカのイスラエル支援も少しも減っていない。ハマスがアメリカの要求を飲むことはまずなさそうで、もし仮にハマスが飲んだとしても、それは多分、占領により悪化する現場の状況に応える新しい抵抗グループを生み出すだけだろう。