人間の必要はよく衣食住と言われます。どれも大切なものですが、食べることは毎日毎日のことで、それをやめてしまえば、何日かで生死に関わる問題になります。食べ物を生産したり獲得することは生存にかかわる基本的な権利なのです。
その食料は現在、どんな形で生産されているのでしょうか。農業に関わる人口は日本など先進国では1割以下になっています。つまり、たいていの人が自分の生死に関わる作業を誰かにゆだねているわけです。
スーパーの棚を見れば、軒並みアメリカ産、オーストラリア産、ニュージーランド産、チリ産、ノルウェー産などの鮮魚や肉、野菜が並んでいます。加工食品の原料を見ていけば、それこそ、世界中からの産品が詰め込まれています。これらの食品を生産したり、加工したり流通する作業はどんどん企業がやるようになっています。頭がくらくらしてきます。まあ、これがフツーだと考えれば、TPPもFTAも仕方がない、当然の流れだってことになるのでしょう。でも、これは本当にフツーなのでしょうか。かなりトンデモなのではないでしょうか?
映画「フード・インク」は、こういうトンデモな現在の他人まかせ、企業まかせの食のあやうさを描く作品です。企業は金儲けのためならば、何でもやる。放っておいたら大変なことになる。
この映画の共同制作者でもあり、作家のエリック・シュローサーは今年7月24日付けのニューヨークタイムス紙の意見欄で
「アメリカでは毎日20万人の人が汚染された食品のおかげで食中毒にかかっている。毎年、食中毒で病院に運ばれる人は32万5千人にも上る。そして、2003年以来、イランやアフガニスタンで殺されたアメリカ兵とほぼ同じ数の人間が毎年食中毒で命を落としている」
と書いています。
じゃあ、どうしたらいいのか。
11月29日、アメリカでは食の安全管理を強化する目的で食品安全近代化法案(S.510)という法案を上院本会議に上程するための討論終結決議(Cloture vote)の投票が行われ、74対25で可決されました。
アメリカの立法の過程はそれほど詳しくないので、間違っているかもしれませんが、調べた限りでは、このあと60日以内に上院本会議で、さまざまな修正が加えられ最終的な投票になるようです。今回の投票結果から見て可決されるのは間違いないでしょう。
そのあとは、すでに下院ではs.510の下院バージョンである食品安全強化法(H.R. 2749)が2009年の7月に283対142の圧倒的多数で可決されているので、両院の法案がすりあわせられたあと、大統領の署名を受けて発効ということになります。
この法律の根幹は役人が食の安全に目を光らせるということです。監督官庁である食品医薬品局(FDA)が食品の安全を決め、違法なものはびしびし取り締まる。前述のシュローサーの記事も、汚染食品が出回るのはは企業に問題があるからで、それを監督する官庁の権限が強めればいいとS.510の早期法制化を呼びかけています。
しかし、それで果たして問題は解決するのでしょうか。企業や政府に人間の生存をゆだねるという構造そのものが問題なのではないでしょうか。それをないがしろにして、他人に自分の生死をゆだねてしまって、本当にいいのでしょうか。S.510が突きつける問題の核心はそこにあります。
5年前にNAISという動物管理制度について「狂牛病時代」という記事を書きました。今度の S.510とまったく同じレトリックであることがわかります。NAISは、狂牛病やら鶏フルを予防し、拡大を防ぐためにすべての家畜にマイクロチップを埋め込み、生まれた時から屠殺されるまでその居場所を把握し、移動をチェックするというものです。「安全管理がしっかりしない」裏庭や小規模農家を排除しようとするものです。食品安全法も似たようなもので、サルモネラ菌やら大腸菌やらがついた危険な食品を流通させないように、「安全管理がしっかりしない」連中を排除しようということでしょう。シュローサーには、残念ながら、そこのところが見えないようです。
S.510にはとりあえず、年間のグロスの売上が50万ドル(約5千万円)以下の小規模企業、また275マイル以内で消費されるものは適用しないという修正がなされており、法律ができても、今すぐに家庭菜園が違法になったり、お裾分けができないということはなくなりました。しかし、いったん法律という枠組みができてしまえば、あとはどんどん厳しくしていくことは簡単なことです。事務手続きを煩雑にしたり、免許制にしたり、登録料を上げたり、そんな方法はどんな間抜けな人間でも簡単に想像がつきます。種にしても、市場に出回るのがF1ばかりになれば、法律で禁止しなくたって、自家採種なんかできなくなっちゃいます。固定種を売ってる小さな種屋ですか?そんなの合併吸収したり、潰しちゃえばいい。
自分の家庭菜園がとりあえず引っかからないからといって安心してたら大変なことになります。
近刊の『未来のシナリオ』のなかで著者のホルムグレンは気候変動が発症し、石油文明が分水嶺を超え、エネルギー下降時代に入ると、政府は対症療法的な政策をなりふり構わず導入していく。ファシズムの到来さえあり得ると言っています。アメリカの動きはまさに、その兆候なのかもしれません。
自分の食べ物を作ることさえが過激な政治的な意味を持つ、トンデモな時代に人類は足を踏み入れています。
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