(World Energy Outlook,2010より転載)
国際エネルギー機関(IEA)は2010年11月はじめに発表した「世界エネルギー展望」という年次報告で、はじめてオイルピークそのものにページを割いている。日本語版のエクゼクティブ・サマリーでは8ページ目で「ピークは朗報か悲報か」という見出しの下で取り上げている。ピークへの言及が去年まではまったくなかったのだから、ぽろっとしたさりげなさにびっくりする。もっとも、公式な報告書ではないにしろ、IEAはピークを小出しにしてきたので、この機関の発言を追ってきた人にはそんなに驚くことではないかもしれない。たとえば、OPECの主要国以外についてピークを過ぎたと主任エコノミストのファティ・ビロールが発言し たのはすでに 2007年のことだ。
それでもちょっとびっくりするのは、同報告書が「(在来型)原油生産量は、多少の変動はあるが(中略)2006年に記録した過去最高の7000万バレルには決して届かない」と、ピークを過去形で語っていることだ。もちろん、ピークはあとになって検証してみないとわからないから、IEAのような機関がいまごろになり、ピークは4年前でしたと言ったとしても、それはそれでふさわしいのかもしれない。
問題はそれを報じるメディアの無能さである。朝日新聞は「廉価な石油の時代終わった」(11月17日付け)という見出しで、田中伸男IEA事務局長 の談話を載せている。15日に東京での会見に基づくものだ。田中は「チープオイルの時代は終わった」と「展望」を踏まえた見解を繰り返している。しかし、この記事の筆者には田中の発言の意味するところ、すなわちオイルピークの意味がわからないようだ。新聞社にも事の重大さは理解できていない。理解できていれば、この記事は1面トップの扱いになるはずだ。商業メディアに期待することはないが、それでも、社会の基本となることくらい、しっかり報道してほしい。
奇しくも「廉価な石油時代の終わり」は98年にサイエンティフィック・アメリカン誌に掲載されたコリン・キャンベルとジーン・ラエレールの論文(英語)のタイトルでもある。現在の世界的なピーク議論の口火を切ることになった歴史的な論文である。「格安な石油時代」が終わるという警告を「石油枯渇」と読み間違え、むきになって反論した人もたくさんいる。例えば、2005 年、そろそろ絶頂にさしかかろうかという時だから、その勢いがわかるが、エコノミスト誌にはこんな記事(日本語)が載った( 訳者の気合いの入ったコメントも忘れずにお読みください)。今となっては笑い話な内容だが、メディアの人間、そして社会の舵取りに関わる人間はいまだにこんな理解なのではないだろうか。
上のグラフをもう一度眺めてほしい。一番下の濃い青色の部分が2006年にピークに達した(在来型)石油である。これから予想される需要を賄うと期待されるのは(非在来型)石油であり、天然ガスであり、未だ発見されていない油田からの上がりなのだ。(非在来型)石油の生産が伸び悩んでいるのはなぜなのだろう。天然ガスのピークは頭に入れておかなくていいのだろうか。油田発見は1964年が最高だった。40年以上も前 の話だ。技術も進歩し、金もつぎ込んでいるはずなのに、新しい巨大油田がぼこぼこ見つからないのはなぜなのだろう。これからの発見に過大な期待をしていいものなのだろうか。
「朗報なのか悲報なのか」といえば、IEAの論調は「ピークは過ぎたけど、どうってことなかったでしょ?」というものだ。ちょいと待ってくれ、2008年7月に始まった不況はどうなんだろう。2007年の食糧価格高騰、食糧危機はどうなんだろう。IEAにも、メディアにもピークの本質はわかっていないようだ。
5年前の記事ではピークの時期に関する研究者の予想を載せた。ピークを過ぎてからしか検証できないので、それを予言することは難しい。しかし、ほとんどの識者の予想が正しかったことになる。アリ・サムサム・バクティアリとマット・シモンズのふたりは、自分たちの予想がIEAにより「正式に」正しかったことを認められることなく、鬼籍に入ってしまった。実際、2005年から2010年まで原油生産は頭打ちだ。これからまだ生産が伸びないなんて言わないが、現代人が盲目的にあて込むような勢いで増えることはないだろう。「これまで通り」が続くことを当て込んでいると「大波乱へ乱降下」してしまうかもしれない。
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