そもそも、本書の存在を教えてくれたのはエネルギー・ブレティン(EB)の設立編集者で、この本の成り立ちにも大きく関わったアダム・グラブだった。
謝辞でも言及されているが、EBはオイルピークや気候変動、そこから複合的に派生するさまざまな問題に関する報道を世界中のメディアからクリッピングする秀逸なサイトだ。もう何年にもわたり,朝、コンピュータの前に座ると必ずチェックするサイトのひとつだ。情報の洪水の中でもここへ行けば本当に必要な情報だけ,手にすることができる。
グラブと最初に話をしたのは、トランジション・タウン運動を始めた英国人のパーマ活動家、ロブ・ホプキンスのサイトでのこと。確か,本書の著者であるホルムグレンとピークの論客、リチャード・ハインバーグが一緒にオーストラリア講演ツアーをやることを紹介してた。ちなみに、本書に書かれているようなシナリオをホルムグレンが話すようになるのは,2006年のこのツアーあたりからのことだ。ホプキンスはこのふたりの講演ツアーを「まるでカンとベルベッツが一緒のステージに立つようなものだ」と評した。
ふたつの60年代のバンドはもちろん、ホプキンスのお気に入りのバンドなのだが、ルー・リードやジョン・ケイル、モゥ・タッカーがいたニューヨークのベルベット・アンダーグラウンドもそうだが、ドイツの「前衛」ロックバンドのカンが、オイル・ピーク以降の生き方,社会を変えようとする人の口から、こんなにさらりと言及されるとは思っていなかった。このての運動に関わる連中は音楽に縁がなかったり,あったにしても、手をつないで仲良しこよし、ぴーちくぱーちく踊るような,箸にも棒にもかからない気の抜けた音楽が関の山だろうと高をくくっていたからだ。
ヤクでギンギラギンな目をして売人を待ちこがれる歌を歌う連中や、70年代後半のパンク・ロックを触発した先駆的なバンドの名前が出てきたのは正直,驚いた。
ちょっとうれしくなって「でも、カンって,どの時代のことだい?」と尋ねると「もちろん,ダモ・スズキがボーカルをやっていた頃さ」と返答がある。マルコム・ムーニーの時代も悪くないし,ダモの抜けたあとの「いかさま」音楽の時代もそれなりに悪くないけど,カンの全盛はやっぱりダモのいた頃だろう。ホプキンスって結構,つぼを心得てんじゃないなんて,コンピュータの前でにんまりしてると,「今,ダモはメルボルン暮らしなんだ」と横レスを入れてきたのが(当時はフェンダーソンと名乗っていた)グラブだった。EBの発起人もこのての音楽を好きだったんだ。僕らはひとしきり音楽の話で盛り上がり,それからシマを変え、もっと深刻なことやら、たわいもないことをいろいろ話しあった。双子の大量破壊兵器に人類が首根っこをつかまれた時代をしっかりと意識し,その啓蒙に忙しい連中の中にも、こういうふうにイカレタ時代の真剣にイカレタ音楽を評価するフツーな連中がいることを知って,あっ、これなら人間の将来も大丈夫かなあなんて思ったものだ。
グラブに実際に会うのはそれから1年くらい経ってからのことで,20数年にわたるオーストラリア暮らしから足を洗い,大陸の東南の島に引越す前の日だった。オーストラリアで最後に会った知人ということになる。グラブはホルムグレンたちが世界中をあちこち講演旅行をしている間,この本にも出てくるメリオドラ(ホルムグレン邸)の番をしていたが、そのとき、この本の元になるウエッブサイトにかかわっていることを教えてくれた。僕らが長年住み慣れたオーストラリアをあとにするのは、まさにこの本に書かれているような理由からだった。
オイルピークと気候変動に苛まれ,オーストラリアは既にブラウンテクへの道に踏み出していた。旱魃で農家や内陸の町の住民は音を上げていたが,鉱業は未曾有の好景気にわき、保守党の首相は対症療法的な政策を有無をいわさぬ態度で矢継ぎ早に打ち出していた。本書でブラウンテクはファシズムに傾斜するかもしれないとも指摘されているが,じわじわと首を絞められてるような気分もあった。気候変動も,ピークも、ファシズムも、そろりそろり。抜き足差し足だから,たいていの人は気がつかない。
こんな時代だから,ウエッブサイトという形態で急いで発表するのは至極当然に思えた。一刻も早く伝えなければならない。もたもたしている時間はない。アダムもホルムグレンも現代がどういう時代なのか,しっかりと認識している。ゆっくりとではあれ,急がなくてはならない。パンクの時代に似た性急さが本書にはある。だから、本書をホルムグレンから送ってもらった時もなるべく早く翻訳を出したいと思った。
それでも,何のかんの、いろいろな事情で,ここまで時間がかかってしまった。本書の日本での出版をアレンジしてくれた天空企画の智内好文さんや出版を引き受てくれた農文協の遠藤隆士さんも叱咤激励、急いでもらった。ありがとう。忙しいというのに拙い訳文にしっかりと目をとおし、建設的な助言をいただいたばかりか、すばらしい序文を書いてくれた糸長浩司さんにも大感謝。
月島亭の大ちゃんと幸ちゃん,長野の丸山さん夫妻、安曇野のシャロム・ヒュッテの皆さん,泉岳寺のチャコちゃんユウちゃん、そして千葉の鴨川自然王国の皆さん(ヤエちゃん,カズマにケンタ,ミチオさん、ニキに林さん、小原さんに石井さん,んでもって登紀子さん)には飯を食わせてもらったり,酒を飲ませてもらったり,机に寝床にインターネット、風呂から図書館,下駄箱から郵便受けまで使わせていただいた。インサイダーの高野孟と西城鉄男両氏からはいつも以上に励ましてもらった。皆さん,本当にありがとう。多謝。
この本の著者のホルムグレンは日本でもよく知られるようになったパーマカルチャーの言い出しっぺの一人だ。もともと70年代のエネルギー危機への対応のひとつとしてオーストラリアのタスマニアで産声を上げたパーマカルチャーはオイルピークや環境変動の時代に,どんどん,重要さを増していくだろう。パーマカルチャーはいろいろに解釈できるが、エネルギー認識や地球環境のありようをしっかりと把握しなければ、社会の中で妥当性を持ち得ず、行動も意味を持たない。
この本を読み,じゃあ,どうしたらいいんだという人は、ホルムグレンの二〇〇二年の著作「パーマカルチャー(コモンズより邦訳が近刊予定)」を読んでほしい。気候変動とエネルギー下降が同時に訪れる時代を賢く迎えるための原理が満載された本は,大切な道具になるはずだ。また,ベルベッツとカンの好きなロブ・ホプキンスの「トランジション・ハンドブック」も第三書館から翻訳が出るのであわせて読んでほしい。下降時代の優雅な道連れにはうってつけだ。各個撃破,またどこかで。
地球のどこかでアレクサンダー・ハッケの微細な轟音に耳をそぎ落とされるのを楽しみながら。
rita
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