Sunday, December 19, 2010

TPPについて私が知っている二、三の事項/Deux ou trois choses que je sais d'elle.

日本ではTPPに関する議論があれこれ続いています。これについて、ふたつほど。

ひとつは歴史的な認識。このごろはTPPですが、これまでにも「貿易自由化」の流れがあったわけで特に目新しいことではない。この自由化を世界的にやろうとした交渉はすでに2003年にメキシコのカンクンで決裂しています。これをホルムグレンは『未来のシナリオ』のなかで「グローバル化の果実を維持しようとする大企業の最後の絶望的なあがき」だったと言っています。「最後の絶望的な」というのは、もちろん、人類の手にできる化石資源エネルギーの量がどんどん減っていく時代だということで、国際的な信用に基づく交易体制も変わっていくだろうし、資源ナショナリズムも当然出てくるだろうからです。資源獲得を巡る「国境紛争」があちこちで起きているのも偶然ではありません。

TPPにしてもそういう変化の時代の文脈で読む必要があります。これからも世界貿易体制がずっと続いていくのかどうなのか。そういうことを検討せずに、当然これからも世界貿易体制がつづくものだと考えて議論を進めてしまうと、変化の時代には通用しないかもしれません。

ふたつ目はもっと細かいことになりますが、果たして自由貿易はそれほど得なのかということです。

オーストラリアには生産性委員会という独立研究機関が政府のなかにあり、これが12月13日、自由貿易協定について報告書を発表しています。ケーススタディとして自由貿易を考える際に参考になるでしょう。

オーストラリアは83年にニュージーランドとの間で自由貿易協定を締結して以来、90年代、ハワード政権の時にシンガポール、タイ、アメリカと協定を結び、ラッド政権ではこれにチリとASEANが加わり、現在は6つの国、地域とのあいだに自由貿易協定を結んでいます。日本だけでなく、中国、マレーシア、インドネシア、湾岸協力会議(GCC)、太平洋諸島フォーラムとのFTAを現在、交渉中です。

生産委員会の報告書はその6つの自由貿易協定に関して、これが果たしてオーストラリアのためになっているのか、一年かけた研究に基づくものです。400ページもある報告書、最初の要約を読んだだけですが、それによれば、自由貿易は二国間のものであれ、ASEANとのあいだの地域協定であれ、コストばかり高くついて、いわれたような利益をもたらしていない。自由貿易協定を結んだからといって、必ずしも貿易拡大や経済成長につながるわけではない。「メンバー国間の貿易が拡大し、域外よりも急速に拡大したという証拠はない」としています。新しく自由貿易に合意する前に、貿易活性化、投資の保護、基準の相互認証などのようにコストが安くて、もっと効果のあがる策を検討するべきだと勧告しています。

自由貿易協定の恐ろしいところは、モノやサービスに関する直接的なカネのやり取りだけにとどまらないことです。13日付けの日経には「毒素条項」という毒々しい見出しでこの種の自由貿易協定につきものの条項について記事がありました。TPP大賛成の新聞にしては珍しい記事です。オンラインでは全文を読むことができませんが、できれば、ぜひ、読んででください。「毒素条項」がどんなものであるのかは、このログに簡単にまとめられています。

この「毒素条項」のなかで、生産性委員会も言及しているのはInvestor State Dispute Settlement(ISDS)、国対投資家の紛争解決、です。ISDSは別名「NAFTA(北米自由貿易圏)の11章」とよばれ、投資家がパートナー国の政策により被害を被った場合、訴訟を起こすことができ、その投資家が買った場合、パートナー国は損害賠償をしなければならないという条項です。

NAFTA加盟国のカナダの事例が、2005年のものですが、PSI加盟組合日本協議会のサイトで報告されています。これによれば、カナダではNAFTA発足以来10年の間に10件の訴訟があったそうですが、すべてはアメリカ企業が「カナダの一般市民を保護する法律、たとえば、環境保護条例、有毒廃棄物輸出禁止法、カナダの水を保護する法律などが差別的であると主張」し、政府を訴えたものだそうです。

オーストラリアがこれまで結んだ自由貿易協定にはアメリカのものも含め、ISDSは含まれていませんでした。しかし、TPPでは持ち出される可能性があります。生産性委員会の報告書も、ほかはともかく、これだけはだめだと勧告してます。主権国家が国民のために政策を導入すれば、訴えられ、国民の血税がぶんどられてしまう。まさに主権に関わるような条項ですから当然です。

日本における議論では、TPPはアメリカが一人勝ちするだけだというような意見も見られます。

しかし、自由貿易はアメリカにとっても国益にそわないという報告もあります。

アメリカと自由貿易協定を結んだ17の国との貿易について、パブリックシティズンが今年の9月に出した報告書は、オーストラリアの生産性委員会と同じように、自由貿易がアメリカの利益になっていない、協定を結んでいない国との貿易の方が伸びている、など否定的な内容です。また、ISDSによる主権侵害に関しても、パブリックシティズンは警鐘を鳴らしています。

つまるところ、自由貿易はアメリカであれ、オーストラリアであれ、どこの国の経済にとっても利益を出さないばかりでなく、どこの国の主権も侵害されかねないものかもしれません。

日本ではTPPの議論が農業がああだこうだということに偏りがちです。

もちろん農業についての議論も大切ですが、まず、果たして世界貿易はこれからも続けていけるものなのかどうか。そして、広く自由貿易というものの功罪について議論することが必要なのではないでしょうか。

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