環境ゲテモノ化
オイル・ピーク時代のエコライフ
■2005年:越してしまった
後戻りできない一線
歴史には何年か、時には何十年か後にな
ってから、「あぁ、あれが転換期だったん
だな」という瞬間があります。人間という
のは日々の所業に忙殺されがちで、その変
化があまり急激なものでない場合、そうい
う瞬間を見逃しがちなものです。日々の雑
事にかまけて、大変動の兆候も往々にして
見逃してしまいがちです。
今年一年、大変動を告げる警告はいくつ
も発せられました。希有な時代を示す兆候
や報告、警告はその気になりさえすれば、
あちこちに散見することができます。現在
私たちは、未曾有な時代を生きています。
これほどの時代を人類はかつて経験したこ
とはなかったんじゃないでしょうか。そう
いう時代認識のもとに、それなりの行動を
起こすのか、それとも「これまで通り」を
決め込み、ほおかむりをしてやり過ごそう
とするのか。いまほど、個人1人ひとりの
叡智が求められ、行動が問われている時代
はありません。
11月に発表された気候変動に関する政府
間パネル(IPCC)の第四次評価報告書は、
未曾有の時代を告げる報告のひとつです。
今年、アル・ゴア元アメリカ副大統領とと
もにノーベル平和賞を受賞したIPCCの最
新の報告書はこれまで以上に深刻な状況を
伝えています。大気中の温暖化ガス濃度
( 二 酸 化 炭 素 換 算 ) は 2 0 0 5 年 半 ば に
455ppmに達してしまった、この報告はそ
う伝えています。オーストラリアの著名な
科学者、ティム・フラナリーによれば、こ
れは「ある種、越えられない一線と見られ
ていたもので、しかもそこまで悪化するに
はまだ、10年くらいはかかるだろうと思わ
れていた」のですが、後戻りできないと思
われていた一線を、人類はすでに2年前に
あっさりと越してしまったようです。報告
書が「これからどんな緩和策を取り入れ、
温暖化ガスの削減に取り組んでもその影響
が出るまで,一定の気候変化が避けられな
い。したがって適応策も取り入れなければ
ならない」と、かなり悲観的な警告を盛り
込んでいるのも、なるほど、です。
「温暖化」というとぬくぬく、ほんわか
とあったかくなるような印象があるので
「ゲテモノ化(英語ではglobal weirding
とかcli mate wei rdi ng)」という言葉を
使うようにしているのですが、環境ゲテ
モノ化はすでに現実なだけでなく、危険
水域に到達している。危険水域に至るま
で、もうしばらくはかかるだろう、とあ
てにしていた時間もない。切羽詰まって
います。私たちの呼吸する時代はそうい
う時代であること、それをまず、しっか
り肝に銘じていないと大変な思い違いを
することになります。
もうひとつの公式報告には、やはり11月
末に発表された国連気候変動枠組み条約
(UNFCCC)の報告書があります。今月3
日から14日まで、インドネシアのバリで
2012年に失効する「京都議定書」に変わ
る国際的枠組みを話し合う会議に先立って
発表されたものです。「京都議定書」や各
国での取り組みにも関わらず、2005年の
温暖化ガス排出量はこれまでで最悪であっ
たことが報告されています。「京都」を拒
否し続ける先進国の2つ、アメリカの温暖
化ガス排出量は2005年末の時点で1990年
レベルを16.3%上回っており、オーストラ
リアはと言えば1990年レベルを25.6%も
上回っていたそうです。「京都」を批准し、
対策義務を負う先進国が掲げている政策を
実行に移すならば、全体で2012年までに
(1990年当時の)10.8%の削減が見込まれ
るのは救いには違いありませんが、果たし
て、どこまで約束が実行できるのか、報告
書も疑問のようです。
そしてもう1つ、世界の通常原油生産は
2005年5月に頂点に達したのではないかと
の観測が強まりつつあります。有限な資源
であるアブラは掘り出していく限り、やが
てはなくなるものですが、その半分を使い
切った時点がオイル・ピークと呼ばれてい
ます。(グラフ参照)ピークは環境ゲテモ
ノ化の醜い双子です。
もちろんピーク以降も、まだこれまで使
ったのと同じだけの量のアブラが残ってい
ます。今すぐに枯渇するというわけではあ
りません。しかし、150年ほど前に生産が
始まって以来、ずっと右肩あがりで来た石
油生産ですが、いったん頂点を極めてしま
えば、それ以降、再び上向きになることは
ありません。どれだけ技術革新が進もうが、
ハイテク技術が導入されようが、どうしよ
うもない。すでに世界の65産油国のうち、
54がピークを越し、生産減耗に入ってい
ます。
ピーク以降もまだまだ量はふんだんにあ
るのですが、手に入るアブラはこれまでの
「チープ・オイル」ではありません。残され
たアブラは深海や極地など、手に入れるの
が難しい場所だったり、精製に膨大なエネ
ルギーを必要とする種類のアブラになりま
す。極地や深海などの油田はハリケーンや
嵐など、環境ゲテモノ化の巻き起こす「異
常気象」に対しても脆弱であることを忘れ
てはなりません。供給ラインはますます不
安定になります。
人間というのは、良質の自噴する油井が
あれば、そこから手をつけるもので、わざ
わざ、何千メートルの深海や極地などから
手をつけたりしません。近年発見される油
田が極地や深海であるのはそのためです。
楽に手をつけられるところはすでに手をつ
けてしまったということです。これは質に
ついても同様で、人間は精製に手間やエネ
ルギーのかからないアブラから使い始める
もので、「石炭のいとこ」のような種類の
アブラは当然、後回しになります。やはり、
ここ数年、アルバータのタールサンドやベ
ネズエラのオリノコ原油が話題になるの
も、簡単に使えるアブラを使い切ってしま
ったという証左です。
現在、世界では毎日毎日8,400万バレル
程度のアブラが消費されています。全エ
ネルギーの43%、交通運輸燃料の95%が
アブラに頼っています。チープ・オイルの
存在が経済のグローバル化を支え、我々
が享受する近代的で快適な生活を支えて
きたのです。その一方、チープ・オイルの
消費が環境ゲテモノ化に拍車をかけてき
たのです。
現時点で原油価格は1バレル100米ドルに
迫る勢いで高騰しています。年の初めから
比べると50%以上の値上がりになります。
2002年には20米ドルだったので、わずか5、
6年の間に5倍になったことになります。こ
の勢いでいけば、これから5年、6年後には
1バレル500米ドルもあり得ないことでは
ありません。もちろん、米ドル自体が弱く
なっていること、インフレなどを加味する
と単純に「史上最高値」ということはでき
ません。しかし米ドルの減退そのものに
「原油本位制」、そしてアブラに立脚する文
明の衰退が含まれていることを読み取るべ
きでしょう。
通常原油の世界生産はここ2年半、減耗
する一方であり、液体燃料全部についても、
ドイツのシンクタンク、エネルギー・ウォッチ
・グループは2006年にピークに達した、
これからは減耗すると10月に報告していま
す。もちろん、これらを上回る可能性が丸
っきりないとは言えません。しかし、「ピ
ークを過ぎた」という声は石油業界のトッ
プや産油国、そしてこれまで「ピーク」に
言及することを避けてきた機関や政治家、
メディアのなかからも上がっていることは
注目するべきです。
■不自然な食料事情:近代化の歪み
環境ゲテモノ化/オイルピークの影響は
衣食住、人間の必要のすべてを直撃します
が、一番心配なのは食料生産です。世界の
穀物備蓄はここ数年の豊作にも関わらず、
すでに2カ月分を切っています。拡大する
消費に生産が追いついておらず、備蓄をど
んどん切り崩しているのです。ゲテモノ
化/オイルピーク時代には、これまでのよ
うな飽食習慣を続けていくことはできませ
ん。世界各地からチープ・オイルで運ばれ
てきた食材を好きなだけ食べ散らかす、そ
ういう食習慣が持続不可能なものであるこ
とは言うまでもありません。
ゲテモノ化が本格化するにつれ、世界各
地で干ばつや洪水が頻繁化し、その規模も
烈しさを増していきます。何カ月も干ばつ
が続いたあと、雨が降ったと思えば土砂降
り、というように年間降水量の辻褄は合っ
ても、人間や植物に利用可能な水の量はこ
れからますます減少していくことが予想さ
れます。そして、水がふんだんにあれば良
いかと言うと、そうでもありません。過度
の湿潤は害虫やカビの発生につながります。
7月に2週間ほど、これが見納めとばかり、
それまで住んでいたシドニー郊外からアデ
レードまで内陸部を旅行する機会がありま
した。レッドガムが川辺に影を落とす姿は、
オーストラリアならではの独特の風景です
が、大陸そのものの未来を示唆するかのよ
うに、川も生態系も瀕死の様相でした。マ
レー川/ダーリング川流域はちょろちょろ
とした流れで、大河と言うにはほど遠い有
様で、こんなにやせ細るまで水を搾り取っ
ているのか、と悲しくなりました。
レッドガムは樹齢が500年から1000年に
も達し、ちょっとやそっとの干ばつにも耐
えられるはずですが、それが息絶え絶え、
死にかけていました。レッドガムの林の7
割以上が、すでに危機的な状況にあるとい
われています。未曾有の干ばつとやたらぼ
ったくりな取水のおかげで洪水が跡絶えて
いるので、種が発芽できない。だから新し
い木が生えてこない。そして、成木すら枯
れ始めていました。
全国農産物の約4割は、この流域で生産
されてきましたが、それも壊滅的な様相を
呈してきました。例えば、これらの川から
搾り取った水で稲作が行われ、日本へも盛
んに輸出攻勢がかけられてきました。しか
し、稲作農家への灌漑割当がなくなり、農
業資源経済局(ABARE)によれば、来シ
ーズン、米の生産は5万トンに落ち込むだ
ろうといわれています(業界筋によれば
1.5万トンに落ちるという報道もある)。オ
ーストラリアのように乾燥した場所で、稲
作はもともと無理だったのではないでしょ
うか。
そうかと思えば、昨今の水不足のおか
げで、VIC州では1週間に3, 000頭以上の
牛がと殺されているそうです。そのおか
げで、これまで高騰を続けてきた小麦価
格は少し下がっています。これまで家畜
の餌に回されていた分が市場に出回って
きたからです。
農家の苦労には同情するものの、よくよ
く考えてみると、近代型農業、自然を収奪
する農業、そして、そんな農業生産に頼っ
たこれまでの食生活の方がおかしいのでは
ないか。私たちは分不相応に、生産できる
以上のものを消費してきたのではないの
か。そして、オーストラリアなどの脆弱な
食料生産基盤を当てにして、経済連携協定
やら自由貿易協定を推進し、これまで何百
年も生産を続けてきた田んぼを潰して平気
な日本の自由貿易論者のもくろみがいかに
時代錯誤なもので、近視眼なものであるの
か。そんな気がしてきます。
「近代的な農業」は肥料から農機具燃料、
保存から輸送までチープ・オイルがなけれ
ば成り立ちません。パーマ・カルチャーの
開祖、デビッド・ホルムグレンが「オース
トラリアで口にするコップ1 杯の牛乳の
20%は石油である。ヨーロッパでは50%、
イスラエルでは80%が石油だ」と言ったよ
うに、私たちの口にする食物には大量のア
ブラがしみ込んでいます。アブラ生産が減
耗する時代には、当然、玉突き状態で食料
品、食材の値上げに跳ね返ります。
しかも、限られた農地や水をめぐり、バ
イオ燃料用の作物を生産するか、それとも
食料生産にあてるのか、そういう競争が激
化します。10月末、国連人権委員会、食料
の権利担当特別報告者ジャン・ジーグラー
が、口にできる作物をバイオ燃料生産に回
すことは「人類に対する罪」だと断罪する
ほど、すでに競争はし烈になっています。
例えば、世界の食物輸出の3分の2を賄う米
国では、来期収穫予定のトウモロコシの3
割がすでにバイオ燃料用に買い上げられて
います。
■食のローカル化:
アブラまみれの生活からの脱却
私たちの暮らすゲテモノ化/ピーク以降
の時代の対策として、もっとも有効なこと
は、自分の食生活に責任を持ち、食生活か
ら積極的にアブラを抜いていくことです。
これは「食のローカル化」であり、「食の
グローバル化」の対極となる行動です。自
ら口にするものは自らが育てる、「王様」
と不当に祭り上げられた「消費者」の座を
自ら進んで退位し、自分自身を「生産者」
と位置づけし直すことから食のローカル化
が始まります。
まず、食のローカル化は自宅の裏庭から
始まります。都会のアパート暮らし、ネコ
の額ほどの庭のない人もあきらめることは
できません。生産はアパートのベランダ、
屋上、どこでも始められるところから手を
着けます。近所に空き地があるかもしれな
いし、共同菜園があるかもしれません。
これがどれほどこれからの時代に重要な
ことであるのか、「エネルギー・ブレティン」
の編集者、アダム・フェンダーソンは次の
ように試算しています。
オーストラリアでは家庭あたり年間28.5
万リットルが直接消費されているが1万リ
ットルの雨水タンクを設置すれば、3割か
ら4割は賄うことができる。貯めた水を使
い、自宅で食料生産を始めれば、買わなけ
ればならない食料の量が減る。食料に含ま
れる水の量というのが半端ではなく、オー
ストラリアでは水消費の65%が農業用であ
る。つまり、ひと家庭では食料を購入する
ことで、毎年164.7万リットルを消費して
いる。自宅で食料生産を始めれば、大量の
水の節約につながる。
裏庭で食の生産を始めることは、温暖化
ガスの削減にもつながる。「我々はクルマ
に注ぐ以上のアブラを冷蔵庫に注いでい
る」と言ったのは前副首相のジョン・アン
ダーソンだが、オーストラリアでは1人当
たり、年間8バレルのアブラを食に費やし
(クルマにはその半分)、3トンの温暖化ガ
スを生産している。自ら食の生産者になる
ということは温暖化ガスの発生を抑え、ア
ブラ減耗時代の備えにもなる。
また、これまで埋め立て地を汚染して
いた「生ゴミ」や庭から出る「ゴミ」は
貴重な肥料になり、自宅で循環すること
ができる。家庭から出る「ゴミ」の6割以
上、年間1. 5トンはそれぞれの家庭で肥料
化できる。
食の生産者になるって言っても、食材の
すべてを裏庭で賄おうというのではありま
せん。半分でもできりゃ上出来ですが、そ
れにしてもものすごい量のアブラや水の節
約になり、ゲテモノ化の抑制になります。
そして、残りの半分も何千キロも離れた地
球のはてからアブラまみれで届く食物では
なく、近場の生産者から手に入れるように
する。グローバル化した食生活に慣れた体
には大変なことのようにも思えますが、な
るべく自分に近い場所で食料を確保するこ
とを心がける、それが環境ゲテモノ化/オ
イル・ピーク時代を生き残るひとつの戦略
であることは間違いありません。
2008年、ポジティブな時代に向け、第
一歩を踏み出せる年になることを祈ってい
ます。皆様、よいお年をお迎えください。
(日豪プレス12月号)
「山頂2号」という名前は、90年代に一緒に遊んでいた大阪の茨木市にお住まいの「山頂1号」さんに倣いました。パーマン1号、2号ののり。今は「アオラキのカヌー」で海を見下ろす丘の上に暮らしてますが、当時は山の上に暮らしていたからです。 このサイト、基本的には別な媒体に書いた文章の保存が目的なので、図版やリンクなど不備があるかもしれません。まあSpiegel Im Spiegel(鏡の中の鏡)、いろいろ乱反射もある。ということでお許しを。
Tuesday, November 27, 2007
Tuesday, July 17, 2007
食のグローバル化ではなく、ローカル化
日本ではWTO(世界貿易機構)や自由貿易協定や経済連携協定の締結といった形で貿易の自由化の促進が声だかに叫ばれています。5月8日には経済財政諮問会議・グローバル化改革専門調査会からEPAの加速、農業改革の強化をうたう第一次報告書が発表され、大手マスコミから大きくもてはやされています。
経済財政諮問会議・グローバル化改革専門調査会というのは2001年1月に設置され、経済財政に関する重要な事をいろいろ調査審議するという機関です。グローバル化にあまりに熱心すぎるとか、出てくる「グローバル化」も米国の年次改革要望書の内容通りなものが多いとか、まあ、そういう批判が自民党の中からもあるようです。自分のことを棚に上げて、今更、んなこと言えないでしょうってな気もするし、この団体がグローバル化にしゃかりきな報告書を出すこと自体、その名前からもわかるように、あんまり驚くことじゃありません。それがこの団体の存続理由なんですから。
でも、米国べったりのグローバル化推進機関の出した第一次報告書を、大手マスコミが真っ当な批判もせずに持ち上げるとなると話は別です。
アサヒ新聞は5月10日の社説で大ヨイショしてます。
「わが国は農業保護が足かせになって貿易交渉を進められず、自由貿易の拡大という世界の流れから取り残されそうになっている。市場開放に耐えられる農業にしないと農業以外の国際競争力まで落ちる、という危機感が背景にある」。
そうかと思えば、トーキョー新聞はWTOドーハラウンドの決裂を受けた6月25日の社説で「自由貿易体制強化への動きを止めてはならない。日本は事態打開へ積極的に汗を流すべきだ」と政府や国民を煽ります。貿易の自由化で関税など農産物の国境措置が撤廃されれば、国内農業への打撃が予想されますが、それについて同紙社説は「痛みは避けて通れないが、むしろ、意欲のある担い手育成などの好機ととらえて自由化がもたらす痛みを克服する」べきであると結論しています。
ウハーッ。
21世紀に入り、世界各地で「市場原理」や「競争原理」の破綻を目にしているはずなのに、相変わらずこれらを金科玉条にして、すべてをゆだねようとする態度はどこから来るのでしょうか。なにか、これらのマスコミは隠し持った情報があるのでしょうか。疑問です。
グローバル化改革専門調査会がぶち上げ、マスコミが後押しする近代的で経済効率的な農業とは、単一作物を大規模な農場でなるべく人手をかけずに栽培する。それを何千キロも離れた市場に大規模流通させる。それが「カネになる」農業の中味なのですが、それはこれからも継続可能なものなのでしょうか。また、「安い食品」はどこにあるのでしょうか。いつまでも手に入るものなのでしょうか。たとえ、経済効率的な農業が「消費者」にはありがたいものでも、「生活者」のためにはどうなのでしょうか。
こういう言説を聞くと、いま、自分たちが呼吸するのがどういう時代であるのか、わかっているのか、疑問になります。何を口にして生きているのか、これから何を食って生きていくつもりなのか、それをはっきり把握し,そのうえで政策を提言したり、モノを言い、自由を律していかないと、その影響をもろに受ける自分の児孫から後ろ指を指されるのではないかと心配です。私たちはとても希有な時代を生きています。それは、これまでの「常識」があまり通用しない時代であり、あたりまえがあたりまえでなくなる時代です。
私たちの生きるのがどれほど特異な時代であるのか、英国政府のエネルギー政策諮問委員会のメンバーを務めるジェレミー・レゲットは、人類はふたつの大量破壊兵器を突きつけられていると表現します。「ひとつは、欧米経済を破壊し、実質的に資本主義そのものを破綻させることのできる、経済的な時限爆弾。もう一つは生態系を、すべて破壊させることができる生物兵器である」(「ピーク・オイル・パニック」作品社より)。
人類を脅かすふたつの大量破壊兵器とはもちろん、ピークオイルと気候ゲテモノ化のことです(一般的には「地球温暖化」といわれますが、何か、ほんわか,ぬくぬくと温かくなっていくようで,あんまり危機感を喚起しないので、エイモリー・ロビンスなどにならい「気候ゲテモノ化」という表現を使うようにしています)。
気候ゲテモノ化時代についてはかなりひろく認識されていますが、なかにはまだ、自分の目の黒いうちは大丈夫だ楽観する人も多いようです。ゲテモノ化時代はすでに始まっており、いま、それが現実なのです。すでに「季節外れ」だの「記録破り」なんてフレーズが連発され、これまでの気象記録や記憶、常識が使い物にならない、未曾有の領域で何が起こるかわからない、そんな時代に人類はすでに足を突っ込んでいます。環境ゲテモノ化時代はすでに始まっている、そのことをまず、肝に銘じておかなければなりません。そして、どれだけ非経済的で非効率的であろうとも、人間の食べるものはすべからく、自然という制約の中でしか生産しえないのです。
たとえば、日本の貿易自由化論者があてにする国のひとつにオーストラリアがあります。食肉、小麦、大麦では世界第二位の輸出国であり、オージービーフだとか、コメ、生鮮野菜などを日本に輸出している国です。同国は日本との間に最近「安保共同宣言」を結んだ国でもあり、ハワード政権は日本との間に経済連携協定を結ぼうと熱心に呼びかけています。頼りにしても大丈夫なように見えますが、さて、生産基盤のほうはどうなのでしょう。気候ゲテモノ化時代に、この国はこれまで通り、日本や世界の消費者のために安い食品を作り続け供給することができるのでしょうか。
オーストラリアはここ数年、第2次大戦末期の干ばつ,そして,1901年の連邦結成当時の干ばつなどが比較にならないほどの干ばつに喘いでいます。6月に入り、シドニーやメルボルン近辺では大雨があちこちで洪水を引き起こすほどの勢いで降り、シドニーの水瓶ワラガンバ・ダムは久しぶりに5割を超え,それが大きなニュースになるほどです。しかし、それでも、州政府は淡水化プラント施設の建設を決めています。お隣、ビクトリア州でも同様の施設の建設が発表されたばかりです。各地で送水用パイプラインの建設も進んでいます。これから水不足の恒常化は避けられない。それが一致した見方です。
まあ、60年に一度,もしくは百年以上に1度の規模の干ばつ、なんてのは頼りになる記憶や記録があり,なるほどって思いますが,「千年に一度」なんて表現も飛び出すほどの干ばつです。うーん,これは白人の入植(侵略)以前のことだぞ。先住民族の記憶に基づくものなのでしょうか。それとも「史上最悪」を言い換えただけなのでしょうか。
もちろん、ゲテモノ化時代は未曾有の領域であり、何が起こるかわからない、それが基本であり、水不足の恒常化と洪水が隣り合わせで存在してもまったく不思議ではありません。年間降水量の辻褄はあうかもしれませんが、降れば土砂降り、でも、次の雨がいつになることやらわからない。そんな降水状態では、人間にも植物にも使える水の量は限られてしまいます。
オーストラリアの農業を支えてきたのは大陸の南東部内陸に広がるマレー川/ダーリング川流域です。もともと降水量は少ない土地ですが、ここでコメや小麦や大麦、綿花に食肉など、全国農産物の4割が生産されています。最近ではワインの生産も盛んです。金額ベースで輸出の1/4を稼ぎ出し、オーストラリアを世界有数の食料輸出国にしてきたのは、この流域です。
しかし、この地域の乾燥ぶりは壊滅的です。農業資源経済局(ABARE)の2月の発表によれば、昨冬の小麦、大麦、菜種は軒並み6割減。夏作物のコメの作付けは90%も減っているそうです。しかも、これが近年の「千年に一度の干ばつ」だけが原因ではなさそうなことの方が長期的にはもっと重大です。塩害や富栄養はすでに数年以上前から指摘されており、長年にわたる無茶な取水に頼る農業のおかげで流域の生態系はひん死の状態です。ちょっとやそっとの乾燥にも耐え、寿命が500年から1000年に達することもあるレッドガムと呼ばれるユーカリの木さえ枯れ始めています。事の重大さに重大さに気づいた連邦政府は100億ドルの予算で、流域再生計画を打ち上げていますが、乾いた大陸から水を搾り取る環境収奪型の農業をこれからの時代、どこまで続けていけるのか、はなはだ疑問です。
気候ゲテモノ化の時代には恒常的な水不足,干ばつだけでなく、突風やサイクロンなど「異常気象」も多発し、大型化する、ブッシュファイヤーも頻繁になると言われています。
2006年3月には、オーストラリア北部を大型サイクロン「ラリー」が襲来しました。これがゲテモノ化時代の所産であるのかどうか、それはともかく、このサイクロンのおかげで、バナナの値段は急騰しました。バナナ生産の9割近くが集中していたからです。とたんにバナナ不足という事態になり、他の果物や野菜の値段を押し上げ、物価全体を押し上げることになりました。
単一品種を数少ない場所で生産することは,経済効率的かもしれませんが、ひよわであることをさらけ出した例です。値段は少々高くなっても、バナナがいろいろな場所で少しずつ,あちこちで作られていれば、一ケ所がサイクロンに襲われてもうろたえることはありません。「安い」農産物には、こうしたリスクを内包しています。しかも、こんな規模のサイクロンや颱風やハリケーンがごろごろ来る時代、気候変動を引き起こした張本人である人間は、そのつけを払う覚悟しておかなければなりません。
気候ゲテモノ化にはピークオイルという醜い双子がいます。レゲットが「資本主義そのものを破綻させることのできる、経済的な時限爆弾」と表現する、もうひとつの大量破壊兵器です。気候ゲテモノ化ほどには知られていませんが、こちらも壊滅的な破壊力を持っています。
ピークというのは「頂点」のことで、ピークオイルというのは有限であるアブラを半分採掘し尽くした時点のことです。アブラはまだ、これまでに使ったのと同じだけの量が残っているのですが、いったんピークに達してしまえば、それ以降、どれだけ、設備投資をしようが、どれだけ技術革新が進もうが、生産は下がり続けます。
人間というのは、何にしても楽に掘れる場所から掘り出すものです。わざわざ数千メートルの深海やアラスカの凍土から先に手をつけることはありません。そして、精製に手間のかからないアブラから手をつけます。石炭のいとこのようなタールサンドや、重質なオリノコ原油など、精製に手間のかかるアブラがつい最近まで見向きもされなかったのはそれが理由です。まだ半分残るアブラは、これまでのように簡単に手に入る良質なものではなくなります。ピークオイルというのは、安いアブラ(チープ・オイル)がふんだんに使える時代は終わった、終わろうとしていることです。
150年前に発見されて以来、アブラは私たちの生活を大きく変えてしまいました。自由貿易論者があてにするような安い農産品を遠隔地から手に入れられるのも、安いアブラがあるからです。結果として、よりたくさんの人口を養えるようになった大きな理由もアブラにあります。安いアブラのおかげで、「戦後育ちの我々は、食品価格というものは下がるものだとばかり思い込んできた」(英国インデペンデント紙6月23日付けの記事)のです。近代的で経済的な農業生産、流通、消費の過程はどれをとっても「チープ・オイル」抜きでは成り立ちません。
パーマカルチャーの開祖、デビッド・ホルムグレンが「オーストラリアの牛乳は20%が石油である。ヨーロッパではおそらく50%。そして、イスラエルの酪農のやり方を見る限り、イスラエルで手に入る牛乳は80%が石油だ」(「パーマカルチャーの原理,そして持続可能性を超えた道筋」より)というように、われわれの食物には大量のアブラがしみ込んでいます。
アブラまみれの農業生産は、、すでにピークから大きく揺さぶられています。チープ・オイル時代の終わりは「食料が安い(チープ・フード)」時代の終わりも意味します。大量にしみ込んだアブラの値段が上がるにつれ、食品の値段も上がるだけでなく、限られた面積の農地や水を代用アブラの生産に使おうという要求が高まり、食品の高騰につながります。上記インデペンデント紙の記事はこれをアグフレーション(農業とインフレーションの合成語)と呼んでいます。
「去年1年、英国では穀類価格が12パーセント上昇し、世界市場における乳製品は60パーセ ント値上がりした。コメの価格は世界中で上昇中だ。ヨーロッパにおけるバターの価格は昨年、40パーセント上昇し、小麦の先物は、この10年間で最高値で取引されている。大豆の価格は5割上昇、中国における豚肉価格は昨年にくらべ20パーセント上昇、インドの食料品価格指数は11パーセント上昇した。メキシコではトルティーヤの値段が60パーセント上がったため、暴動になった」(上記インデペンデント紙の記事より)。
オイルピークの訪れで安いアブラが手に入らなくなるにつれ、トウモロコシや砂糖、キクイモ,大豆などの作物をクルマの代用アブラに振り向けようとする圧力が高まります。バイオ燃料生産は世界中で急ピッチで進んでおり、たとえば、世界の食物輸出の2/3を賄う米国では来期収穫予定のトウモロコシの3割がエタノール製造に向けられることになっています。農作物をクルマの燃料にするか、それとも人間や家畜の食料にするのか、農地の利用法をめぐる争いはすでに始まっており、これが農産価格を押し上げているのです。
バイオ燃料は「再生可能」な農産物から作り出されますが、耕作可能な土地や水,肥料など,生産の条件には限りがあり、どれだけ反収をあげようと、無限に生産を伸ばすことはできません。たとえば、2006年度、全世界の穀物収穫は20億2000万トン、ここ5年の平均を上回る史上3位の豊作でした。しかし国連食料農業機関の報告によれば、世界の期末備蓄量、つまり次の収穫までの備蓄は57日分にまで減っているそうです。これは生産が頭打ち状態であるにも関わらず,消費需要は急増しており、備蓄の切り崩しが進んでいる、ということになります。
食料にするのか、それともクルマの燃料にするのか、地球上で生産可能な農産物の使い道を巡る競争はオイルピークの影響が本格的に現れるにつれ、激化していくことでしょう。言葉をかえれば、自由貿易論者があてにする「安い食品(チープフード)」を見つけるのは次第に難しくなるのです。食品はどんどん安くなる、そういう「常識」はアブラ生産が右膝下がりになる時代には通用しないのです。近場の農業が多少痛手をこうむろうが、遠隔地から安い食品を持ってくるから大丈夫というような考え方はアブラが減少する時代には、成り立ちません。自分の子供や孫のことを思うなら、自分たちの口にする食品からいかにアブラを抜いていくか、それを考えなければなりません。
さて、食物からアブラを抜いていくにはどうしたらいいのでしょうか。環境ゲテモノ化時代に「骨太な」食生活を構築するにはどうしたらいいのでしょう。
食のグローバル化という政策への対抗軸としては、食のローカル化が有効です。「国」の食料自給率を上げるべきだと声だかに叫ぶ方法もありますが、一人一人が意識改革をし、自分のからだから一滴ずつアブラを抜く努力をしない限り、それも空論に終わってしまうでしょう。まずは、地球のはてからアブラまみれで届く食品を拒否するところから始まります。グローバルな食生活、食の経済に慣れたからだには大変なことのようにも思えますが、食のローカル化は簡単にイメージできます。自分を中心に、同心円に広がる水の波紋を想像し、なるべく自分に近い場所で食料を確保することを心がければいいのです。国民皆農なんて言い方もありますが、食のローカル化はまず、「王様」と不当に祭り上げられてきた「消費者」の座から自ら進んで退位して「生産者」の地位を再獲得することから始まります。
都会のアパート暮らし、ねこの額ほどの庭もない人も、あきらめることはできません。「生産者」はアパートのベランダ、屋上、どこでも始めらるところから、生産しなくてはなりません。最初からすべてを賄おうというわけじゃありません。できるところからできるペースでゆっくりと、自らを「生産者」に変えていけばいいのです。近所に空き地があるかもしれないし、共同菜園があるかもしれません。もうひとつ、輪を広げて、同じ地域のプロの農家と提携していくこともできます。あくまでも生産者として、同一の地平にたちながら。こうやって、一人一人が食の生産に取り組み、食の経済をローカル化していく。一人一人がそういう視点を持ち、自らの手を土に突っ込み、口にするものからアブラを抜いていけば、国の食料自給率も自然に高まるでしょう。
環境ゲテモノ化時代、そしてオイルピークという時代、生き残る戦略は食のグローバル化ではなく、ローカル化です。
「増刊現代農業」8月号への原稿
経済財政諮問会議・グローバル化改革専門調査会というのは2001年1月に設置され、経済財政に関する重要な事をいろいろ調査審議するという機関です。グローバル化にあまりに熱心すぎるとか、出てくる「グローバル化」も米国の年次改革要望書の内容通りなものが多いとか、まあ、そういう批判が自民党の中からもあるようです。自分のことを棚に上げて、今更、んなこと言えないでしょうってな気もするし、この団体がグローバル化にしゃかりきな報告書を出すこと自体、その名前からもわかるように、あんまり驚くことじゃありません。それがこの団体の存続理由なんですから。
でも、米国べったりのグローバル化推進機関の出した第一次報告書を、大手マスコミが真っ当な批判もせずに持ち上げるとなると話は別です。
アサヒ新聞は5月10日の社説で大ヨイショしてます。
「わが国は農業保護が足かせになって貿易交渉を進められず、自由貿易の拡大という世界の流れから取り残されそうになっている。市場開放に耐えられる農業にしないと農業以外の国際競争力まで落ちる、という危機感が背景にある」。
そうかと思えば、トーキョー新聞はWTOドーハラウンドの決裂を受けた6月25日の社説で「自由貿易体制強化への動きを止めてはならない。日本は事態打開へ積極的に汗を流すべきだ」と政府や国民を煽ります。貿易の自由化で関税など農産物の国境措置が撤廃されれば、国内農業への打撃が予想されますが、それについて同紙社説は「痛みは避けて通れないが、むしろ、意欲のある担い手育成などの好機ととらえて自由化がもたらす痛みを克服する」べきであると結論しています。
ウハーッ。
21世紀に入り、世界各地で「市場原理」や「競争原理」の破綻を目にしているはずなのに、相変わらずこれらを金科玉条にして、すべてをゆだねようとする態度はどこから来るのでしょうか。なにか、これらのマスコミは隠し持った情報があるのでしょうか。疑問です。
グローバル化改革専門調査会がぶち上げ、マスコミが後押しする近代的で経済効率的な農業とは、単一作物を大規模な農場でなるべく人手をかけずに栽培する。それを何千キロも離れた市場に大規模流通させる。それが「カネになる」農業の中味なのですが、それはこれからも継続可能なものなのでしょうか。また、「安い食品」はどこにあるのでしょうか。いつまでも手に入るものなのでしょうか。たとえ、経済効率的な農業が「消費者」にはありがたいものでも、「生活者」のためにはどうなのでしょうか。
こういう言説を聞くと、いま、自分たちが呼吸するのがどういう時代であるのか、わかっているのか、疑問になります。何を口にして生きているのか、これから何を食って生きていくつもりなのか、それをはっきり把握し,そのうえで政策を提言したり、モノを言い、自由を律していかないと、その影響をもろに受ける自分の児孫から後ろ指を指されるのではないかと心配です。私たちはとても希有な時代を生きています。それは、これまでの「常識」があまり通用しない時代であり、あたりまえがあたりまえでなくなる時代です。
私たちの生きるのがどれほど特異な時代であるのか、英国政府のエネルギー政策諮問委員会のメンバーを務めるジェレミー・レゲットは、人類はふたつの大量破壊兵器を突きつけられていると表現します。「ひとつは、欧米経済を破壊し、実質的に資本主義そのものを破綻させることのできる、経済的な時限爆弾。もう一つは生態系を、すべて破壊させることができる生物兵器である」(「ピーク・オイル・パニック」作品社より)。
人類を脅かすふたつの大量破壊兵器とはもちろん、ピークオイルと気候ゲテモノ化のことです(一般的には「地球温暖化」といわれますが、何か、ほんわか,ぬくぬくと温かくなっていくようで,あんまり危機感を喚起しないので、エイモリー・ロビンスなどにならい「気候ゲテモノ化」という表現を使うようにしています)。
気候ゲテモノ化時代についてはかなりひろく認識されていますが、なかにはまだ、自分の目の黒いうちは大丈夫だ楽観する人も多いようです。ゲテモノ化時代はすでに始まっており、いま、それが現実なのです。すでに「季節外れ」だの「記録破り」なんてフレーズが連発され、これまでの気象記録や記憶、常識が使い物にならない、未曾有の領域で何が起こるかわからない、そんな時代に人類はすでに足を突っ込んでいます。環境ゲテモノ化時代はすでに始まっている、そのことをまず、肝に銘じておかなければなりません。そして、どれだけ非経済的で非効率的であろうとも、人間の食べるものはすべからく、自然という制約の中でしか生産しえないのです。
たとえば、日本の貿易自由化論者があてにする国のひとつにオーストラリアがあります。食肉、小麦、大麦では世界第二位の輸出国であり、オージービーフだとか、コメ、生鮮野菜などを日本に輸出している国です。同国は日本との間に最近「安保共同宣言」を結んだ国でもあり、ハワード政権は日本との間に経済連携協定を結ぼうと熱心に呼びかけています。頼りにしても大丈夫なように見えますが、さて、生産基盤のほうはどうなのでしょう。気候ゲテモノ化時代に、この国はこれまで通り、日本や世界の消費者のために安い食品を作り続け供給することができるのでしょうか。
オーストラリアはここ数年、第2次大戦末期の干ばつ,そして,1901年の連邦結成当時の干ばつなどが比較にならないほどの干ばつに喘いでいます。6月に入り、シドニーやメルボルン近辺では大雨があちこちで洪水を引き起こすほどの勢いで降り、シドニーの水瓶ワラガンバ・ダムは久しぶりに5割を超え,それが大きなニュースになるほどです。しかし、それでも、州政府は淡水化プラント施設の建設を決めています。お隣、ビクトリア州でも同様の施設の建設が発表されたばかりです。各地で送水用パイプラインの建設も進んでいます。これから水不足の恒常化は避けられない。それが一致した見方です。
まあ、60年に一度,もしくは百年以上に1度の規模の干ばつ、なんてのは頼りになる記憶や記録があり,なるほどって思いますが,「千年に一度」なんて表現も飛び出すほどの干ばつです。うーん,これは白人の入植(侵略)以前のことだぞ。先住民族の記憶に基づくものなのでしょうか。それとも「史上最悪」を言い換えただけなのでしょうか。
もちろん、ゲテモノ化時代は未曾有の領域であり、何が起こるかわからない、それが基本であり、水不足の恒常化と洪水が隣り合わせで存在してもまったく不思議ではありません。年間降水量の辻褄はあうかもしれませんが、降れば土砂降り、でも、次の雨がいつになることやらわからない。そんな降水状態では、人間にも植物にも使える水の量は限られてしまいます。
オーストラリアの農業を支えてきたのは大陸の南東部内陸に広がるマレー川/ダーリング川流域です。もともと降水量は少ない土地ですが、ここでコメや小麦や大麦、綿花に食肉など、全国農産物の4割が生産されています。最近ではワインの生産も盛んです。金額ベースで輸出の1/4を稼ぎ出し、オーストラリアを世界有数の食料輸出国にしてきたのは、この流域です。
しかし、この地域の乾燥ぶりは壊滅的です。農業資源経済局(ABARE)の2月の発表によれば、昨冬の小麦、大麦、菜種は軒並み6割減。夏作物のコメの作付けは90%も減っているそうです。しかも、これが近年の「千年に一度の干ばつ」だけが原因ではなさそうなことの方が長期的にはもっと重大です。塩害や富栄養はすでに数年以上前から指摘されており、長年にわたる無茶な取水に頼る農業のおかげで流域の生態系はひん死の状態です。ちょっとやそっとの乾燥にも耐え、寿命が500年から1000年に達することもあるレッドガムと呼ばれるユーカリの木さえ枯れ始めています。事の重大さに重大さに気づいた連邦政府は100億ドルの予算で、流域再生計画を打ち上げていますが、乾いた大陸から水を搾り取る環境収奪型の農業をこれからの時代、どこまで続けていけるのか、はなはだ疑問です。
気候ゲテモノ化の時代には恒常的な水不足,干ばつだけでなく、突風やサイクロンなど「異常気象」も多発し、大型化する、ブッシュファイヤーも頻繁になると言われています。
2006年3月には、オーストラリア北部を大型サイクロン「ラリー」が襲来しました。これがゲテモノ化時代の所産であるのかどうか、それはともかく、このサイクロンのおかげで、バナナの値段は急騰しました。バナナ生産の9割近くが集中していたからです。とたんにバナナ不足という事態になり、他の果物や野菜の値段を押し上げ、物価全体を押し上げることになりました。
単一品種を数少ない場所で生産することは,経済効率的かもしれませんが、ひよわであることをさらけ出した例です。値段は少々高くなっても、バナナがいろいろな場所で少しずつ,あちこちで作られていれば、一ケ所がサイクロンに襲われてもうろたえることはありません。「安い」農産物には、こうしたリスクを内包しています。しかも、こんな規模のサイクロンや颱風やハリケーンがごろごろ来る時代、気候変動を引き起こした張本人である人間は、そのつけを払う覚悟しておかなければなりません。
気候ゲテモノ化にはピークオイルという醜い双子がいます。レゲットが「資本主義そのものを破綻させることのできる、経済的な時限爆弾」と表現する、もうひとつの大量破壊兵器です。気候ゲテモノ化ほどには知られていませんが、こちらも壊滅的な破壊力を持っています。
ピークというのは「頂点」のことで、ピークオイルというのは有限であるアブラを半分採掘し尽くした時点のことです。アブラはまだ、これまでに使ったのと同じだけの量が残っているのですが、いったんピークに達してしまえば、それ以降、どれだけ、設備投資をしようが、どれだけ技術革新が進もうが、生産は下がり続けます。
人間というのは、何にしても楽に掘れる場所から掘り出すものです。わざわざ数千メートルの深海やアラスカの凍土から先に手をつけることはありません。そして、精製に手間のかからないアブラから手をつけます。石炭のいとこのようなタールサンドや、重質なオリノコ原油など、精製に手間のかかるアブラがつい最近まで見向きもされなかったのはそれが理由です。まだ半分残るアブラは、これまでのように簡単に手に入る良質なものではなくなります。ピークオイルというのは、安いアブラ(チープ・オイル)がふんだんに使える時代は終わった、終わろうとしていることです。
150年前に発見されて以来、アブラは私たちの生活を大きく変えてしまいました。自由貿易論者があてにするような安い農産品を遠隔地から手に入れられるのも、安いアブラがあるからです。結果として、よりたくさんの人口を養えるようになった大きな理由もアブラにあります。安いアブラのおかげで、「戦後育ちの我々は、食品価格というものは下がるものだとばかり思い込んできた」(英国インデペンデント紙6月23日付けの記事)のです。近代的で経済的な農業生産、流通、消費の過程はどれをとっても「チープ・オイル」抜きでは成り立ちません。
パーマカルチャーの開祖、デビッド・ホルムグレンが「オーストラリアの牛乳は20%が石油である。ヨーロッパではおそらく50%。そして、イスラエルの酪農のやり方を見る限り、イスラエルで手に入る牛乳は80%が石油だ」(「パーマカルチャーの原理,そして持続可能性を超えた道筋」より)というように、われわれの食物には大量のアブラがしみ込んでいます。
アブラまみれの農業生産は、、すでにピークから大きく揺さぶられています。チープ・オイル時代の終わりは「食料が安い(チープ・フード)」時代の終わりも意味します。大量にしみ込んだアブラの値段が上がるにつれ、食品の値段も上がるだけでなく、限られた面積の農地や水を代用アブラの生産に使おうという要求が高まり、食品の高騰につながります。上記インデペンデント紙の記事はこれをアグフレーション(農業とインフレーションの合成語)と呼んでいます。
「去年1年、英国では穀類価格が12パーセント上昇し、世界市場における乳製品は60パーセ ント値上がりした。コメの価格は世界中で上昇中だ。ヨーロッパにおけるバターの価格は昨年、40パーセント上昇し、小麦の先物は、この10年間で最高値で取引されている。大豆の価格は5割上昇、中国における豚肉価格は昨年にくらべ20パーセント上昇、インドの食料品価格指数は11パーセント上昇した。メキシコではトルティーヤの値段が60パーセント上がったため、暴動になった」(上記インデペンデント紙の記事より)。
オイルピークの訪れで安いアブラが手に入らなくなるにつれ、トウモロコシや砂糖、キクイモ,大豆などの作物をクルマの代用アブラに振り向けようとする圧力が高まります。バイオ燃料生産は世界中で急ピッチで進んでおり、たとえば、世界の食物輸出の2/3を賄う米国では来期収穫予定のトウモロコシの3割がエタノール製造に向けられることになっています。農作物をクルマの燃料にするか、それとも人間や家畜の食料にするのか、農地の利用法をめぐる争いはすでに始まっており、これが農産価格を押し上げているのです。
バイオ燃料は「再生可能」な農産物から作り出されますが、耕作可能な土地や水,肥料など,生産の条件には限りがあり、どれだけ反収をあげようと、無限に生産を伸ばすことはできません。たとえば、2006年度、全世界の穀物収穫は20億2000万トン、ここ5年の平均を上回る史上3位の豊作でした。しかし国連食料農業機関の報告によれば、世界の期末備蓄量、つまり次の収穫までの備蓄は57日分にまで減っているそうです。これは生産が頭打ち状態であるにも関わらず,消費需要は急増しており、備蓄の切り崩しが進んでいる、ということになります。
食料にするのか、それともクルマの燃料にするのか、地球上で生産可能な農産物の使い道を巡る競争はオイルピークの影響が本格的に現れるにつれ、激化していくことでしょう。言葉をかえれば、自由貿易論者があてにする「安い食品(チープフード)」を見つけるのは次第に難しくなるのです。食品はどんどん安くなる、そういう「常識」はアブラ生産が右膝下がりになる時代には通用しないのです。近場の農業が多少痛手をこうむろうが、遠隔地から安い食品を持ってくるから大丈夫というような考え方はアブラが減少する時代には、成り立ちません。自分の子供や孫のことを思うなら、自分たちの口にする食品からいかにアブラを抜いていくか、それを考えなければなりません。
さて、食物からアブラを抜いていくにはどうしたらいいのでしょうか。環境ゲテモノ化時代に「骨太な」食生活を構築するにはどうしたらいいのでしょう。
食のグローバル化という政策への対抗軸としては、食のローカル化が有効です。「国」の食料自給率を上げるべきだと声だかに叫ぶ方法もありますが、一人一人が意識改革をし、自分のからだから一滴ずつアブラを抜く努力をしない限り、それも空論に終わってしまうでしょう。まずは、地球のはてからアブラまみれで届く食品を拒否するところから始まります。グローバルな食生活、食の経済に慣れたからだには大変なことのようにも思えますが、食のローカル化は簡単にイメージできます。自分を中心に、同心円に広がる水の波紋を想像し、なるべく自分に近い場所で食料を確保することを心がければいいのです。国民皆農なんて言い方もありますが、食のローカル化はまず、「王様」と不当に祭り上げられてきた「消費者」の座から自ら進んで退位して「生産者」の地位を再獲得することから始まります。
都会のアパート暮らし、ねこの額ほどの庭もない人も、あきらめることはできません。「生産者」はアパートのベランダ、屋上、どこでも始めらるところから、生産しなくてはなりません。最初からすべてを賄おうというわけじゃありません。できるところからできるペースでゆっくりと、自らを「生産者」に変えていけばいいのです。近所に空き地があるかもしれないし、共同菜園があるかもしれません。もうひとつ、輪を広げて、同じ地域のプロの農家と提携していくこともできます。あくまでも生産者として、同一の地平にたちながら。こうやって、一人一人が食の生産に取り組み、食の経済をローカル化していく。一人一人がそういう視点を持ち、自らの手を土に突っ込み、口にするものからアブラを抜いていけば、国の食料自給率も自然に高まるでしょう。
環境ゲテモノ化時代、そしてオイルピークという時代、生き残る戦略は食のグローバル化ではなく、ローカル化です。
「増刊現代農業」8月号への原稿
Wednesday, July 11, 2007
そろそろ/a goodbye to this damn nation (damnation).
アルゼンチンでは首都のブエノスアイレスにたぶん1918年以来の雪が降り、パンパスも数センチ程度だそうですが雪に覆われたそうです。そうかと思えば、タラナキが先週竜巻に襲われたばかりのニュー・ジーランドの北島、今週はサイクロン級の雨風がオークランド以北を水浸しにしています。
これでも環境ゲテモノ化時代のまっただ中にいることを疑うなら、役立たずな目も皮膚感覚も耳もきっぱりと削ぎ落とした方がいいでしょう。
そして、原油価格は高騰を続け、需要と供給は逼迫状態が続いています。オイルピークの方も容赦なしで進行中です。これまで楽観的な「予測」ばかりをたれ流してきたIEAも、7月の報告書(これは無料リンクのpdf)で「ちょっと問題が」なんて言い始めてます。衰えたとは言え、曲がりなりにも産油国のイギリスでは大手メディアが大きく取り上げてますが、「アブラの大消費国」日本では相変わら知らんぷり、ですねえ。大丈夫ですか。ほおかむりしていて。今月の参院選とかでピークを争点に取り上げないと間に合いませんよ。
と、人のことばかり心配してもいられない。自分自身で取りかかれるところから取り組まないと。
なんて言いながら、減量を始めたのはかなり以前のような気がしますが、それでもまだまだ、そぎ落とさなければならない贅肉が腰の周りこびりついていて、わずらわしいったら。時間も残されておらず、贅肉の処分に躍起になっています。ひえーっ(と言いながら、明日は夜汽車に乗ってブリスベンへ音楽三昧の週末にでかけます。ああ、待ち遠しい)。
来月引っ越す村には因縁のように引き寄せられていたのかもしれない、って書きましたが、実はこの村とはニュー・ジーランドにでかける前に出会っていたのです。

(近所の漁港から村はずれ、農場のある丘を見上げる)
去年の末,ばたばたと慌ただしく出発前に書いたブログのエントリーのひとつに、かの国のエネルギー・気候変動担当大臣、デビッド・パーカーのスピーチの訳出がありました。現職の大臣が「ピーク」を口にすることは滅多にない,しかも,それを正面から取り上げることもない。しかも,「ピークは重大だけど,環境変動の方がもっと危急の課題だ」って文脈で取り上げたのでした。そこまで理解している人が適材適所についている。ニュー・ジーランドってすげえなあと思ったものでした。しかも,そんなスピーチが人口300人程度の村で行われたってところにも感動したことを覚えてます。
それがこの村との最初の出会いだったのでした。
もちろん,この時は、まさかブログの上で「人口300人そこそこの村」と表記したこの村に出かけることになるとは夢にも思わず、現地を旅行し始めてからもすっかりと忘れていました。
そのことは、村外れにある物件を見に行って、気にいってからもまったく、脳裏の片隅にも浮かびませんでした。
さて、これはありそうかなって気がしてからも気は許せませんでした。何しろ、引っ越しはこれでおしまい、やりたいと思ってもピーク以降の時代、そんなに簡単にできるわけがない。やり直しはできず、後戻りもできない。あちこち、漂流してきた人生もこれで打ち止め。慎重の上にも慎重にならざるを得ません。骨を埋める場所です。
だから、物件を見に行った翌朝、おじさんに「相棒が数週間後に帰国したあと、もう一度戻ってきて、一週間くらいウーフさせてくれませんか」って、図々しくも申し出たのでした。断られて当然な厚かましい願いを、おじさんたちは二つ返事で快諾してくれました。波長がどこかであってたのかもしれません。
ここはどうしてこういうデザインなんだ。なぜ、この木はここに植えたんだ。なんて、それから一週間、重箱の隅を突っつくように非の打ち所をさがしましたが見つかりません。ウーフなんて言ってもほとんど作業らしいことはほとんどなし。肥料にする海藻を海岸に集めにいったくらいで、あとはあれやこれや、村や近隣の町を案内してくれるのについて回るだけ。あっという間に一週間が過ぎてしまいました。
滞在中、何日目かに政治の話になり、エネルギーの話になり、くだんのデビッド・パーカーが地元選出(先の選挙では選挙区で落選、比例で復活)であることを知りました。ああ、そう言えばあの大臣、去年の暮れにこれこれこういうスピーチをしたねと思い出して尋ねると、ああ、あれは通りを下ったとこにある、村の集会場でだ。そもそも、この村のエネルギーフォーラムが主催した集会でのことだ。ええっ。そうなの。奇遇と言えば奇遇、因縁と言えば因縁を感じました。
呼ばれるようにしてたどり着いたその村に、オーストラリアから環境難民がふたり、あとひと月もしないうちに流れ着きます。
これでも環境ゲテモノ化時代のまっただ中にいることを疑うなら、役立たずな目も皮膚感覚も耳もきっぱりと削ぎ落とした方がいいでしょう。
そして、原油価格は高騰を続け、需要と供給は逼迫状態が続いています。オイルピークの方も容赦なしで進行中です。これまで楽観的な「予測」ばかりをたれ流してきたIEAも、7月の報告書(これは無料リンクのpdf)で「ちょっと問題が」なんて言い始めてます。衰えたとは言え、曲がりなりにも産油国のイギリスでは大手メディアが大きく取り上げてますが、「アブラの大消費国」日本では相変わら知らんぷり、ですねえ。大丈夫ですか。ほおかむりしていて。今月の参院選とかでピークを争点に取り上げないと間に合いませんよ。
と、人のことばかり心配してもいられない。自分自身で取りかかれるところから取り組まないと。
なんて言いながら、減量を始めたのはかなり以前のような気がしますが、それでもまだまだ、そぎ落とさなければならない贅肉が腰の周りこびりついていて、わずらわしいったら。時間も残されておらず、贅肉の処分に躍起になっています。ひえーっ(と言いながら、明日は夜汽車に乗ってブリスベンへ音楽三昧の週末にでかけます。ああ、待ち遠しい)。
来月引っ越す村には因縁のように引き寄せられていたのかもしれない、って書きましたが、実はこの村とはニュー・ジーランドにでかける前に出会っていたのです。
(近所の漁港から村はずれ、農場のある丘を見上げる)
去年の末,ばたばたと慌ただしく出発前に書いたブログのエントリーのひとつに、かの国のエネルギー・気候変動担当大臣、デビッド・パーカーのスピーチの訳出がありました。現職の大臣が「ピーク」を口にすることは滅多にない,しかも,それを正面から取り上げることもない。しかも,「ピークは重大だけど,環境変動の方がもっと危急の課題だ」って文脈で取り上げたのでした。そこまで理解している人が適材適所についている。ニュー・ジーランドってすげえなあと思ったものでした。しかも,そんなスピーチが人口300人程度の村で行われたってところにも感動したことを覚えてます。
それがこの村との最初の出会いだったのでした。
もちろん,この時は、まさかブログの上で「人口300人そこそこの村」と表記したこの村に出かけることになるとは夢にも思わず、現地を旅行し始めてからもすっかりと忘れていました。
そのことは、村外れにある物件を見に行って、気にいってからもまったく、脳裏の片隅にも浮かびませんでした。
さて、これはありそうかなって気がしてからも気は許せませんでした。何しろ、引っ越しはこれでおしまい、やりたいと思ってもピーク以降の時代、そんなに簡単にできるわけがない。やり直しはできず、後戻りもできない。あちこち、漂流してきた人生もこれで打ち止め。慎重の上にも慎重にならざるを得ません。骨を埋める場所です。
だから、物件を見に行った翌朝、おじさんに「相棒が数週間後に帰国したあと、もう一度戻ってきて、一週間くらいウーフさせてくれませんか」って、図々しくも申し出たのでした。断られて当然な厚かましい願いを、おじさんたちは二つ返事で快諾してくれました。波長がどこかであってたのかもしれません。
ここはどうしてこういうデザインなんだ。なぜ、この木はここに植えたんだ。なんて、それから一週間、重箱の隅を突っつくように非の打ち所をさがしましたが見つかりません。ウーフなんて言ってもほとんど作業らしいことはほとんどなし。肥料にする海藻を海岸に集めにいったくらいで、あとはあれやこれや、村や近隣の町を案内してくれるのについて回るだけ。あっという間に一週間が過ぎてしまいました。
滞在中、何日目かに政治の話になり、エネルギーの話になり、くだんのデビッド・パーカーが地元選出(先の選挙では選挙区で落選、比例で復活)であることを知りました。ああ、そう言えばあの大臣、去年の暮れにこれこれこういうスピーチをしたねと思い出して尋ねると、ああ、あれは通りを下ったとこにある、村の集会場でだ。そもそも、この村のエネルギーフォーラムが主催した集会でのことだ。ええっ。そうなの。奇遇と言えば奇遇、因縁と言えば因縁を感じました。
呼ばれるようにしてたどり着いたその村に、オーストラリアから環境難民がふたり、あとひと月もしないうちに流れ着きます。
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