Wednesday, December 28, 2005

狂牛病時代/Not very NAIS

狂牛病の恐れがある中でアメリカからの牛肉輸入が再開され、日本ではあれやこれや、様々な批判が噴出している。ほとんどは自ら食料の6割以上を外国に頼っている情けない状態を棚上げにして、アメリカの食肉生産体制の杜撰さを指摘している。そうかと思えば、どこそこの外食チェーンは、ほかと比べて良心的だから支持しようなんて、まったくあきれてしまう動きもある。

見のがされがちなのは、(日本などの)「消費者」の信頼回復の名目で、アメリカでは恐ろしい動物の管理システムが導入されつつあることだ。2003年には世界の牛肉市場の18%を占めていたのに、翌年にはそれが3.2%近くに減ってしまったのだから、アメリカの畜産業界は必死だ。なんでも、いったんアメリカで導入されてしまえば、それが世界標準になることの多い御時世、とても他人事ではない。

導入されつつあるのはNational Animal Identification System (NAIS)と呼ばれるシステムで、いくつかの州ではすでに義務付けられており、全国的にはまだ任意登録制だが、2008年初頭からは義務制になる。

National Animal Identification System

これは、牛だけでなく、豚や鶏や羊や馬どころか鳩(!)まで含め、すべての家畜をデータベース化し、GPSを使って監視するシステムだ。このシステムのもとで、動物にはすべて15ケタのID番号が与えられ、連邦農務省の巨大なデータベースに登録されるのだ。データベースにはDNAや、網膜のスキャンなど、より詳細な情報を登録することが検討されている。動物自身には遠方からでも読みとれるタグや、マイクロチップが挿入され、生まれた時からと殺されるまで、動向を報告することが義務付けられることになる。狂牛病から鳥フルなど家畜の病気は発病と同時にたちどころに判明し、動きを辿れるというのがこのシステムの狙いだ。

こういうシステムはすべての動物が登録されなければ機能を発揮しない、という理由で、例外は全く認められず、例えば、自給用に裏庭で飼う動物や乗馬用に飼われる馬も登録を義務付けられることになる。飼い主は名前や住所、電話番号を登録し、7ケタのID番号を取得しなければならない。未登録の動物を飼っているのが見つかれば罰則が適用され、獣医など第三者が未登録の動物を見かけたら報告することが義務付けられる。

このシステムの狙いは生産管理を通して(日本などを含む)消費者の信頼回復だと言われているが、それは大企業による、大規模生産が小規模農家や裏庭の自給生産を駆逐する動きにほかならない、と反対する者も多い。事実、羊を1頭、豚を1匹、鶏を1羽飼うだけでも、ID番号の取得が義務付けられ、報告義務が発生するので、事務手続きが煩雑になり、小規模に有機農業などをやる農場などは、すでに廃業を考えているところもある。

そうでなくとも、有機や放し飼いをやっているところだとか、アーミッシュの村だとか、エコビレッジ、コミューンなど経済の範囲外で自給用の動物を育てるところはまっ先に狙われるだろう。大手の家畜生産者以外は「普通でない」というだけで槍玉に上げられるのは間違いない。「悪いことしてなけりゃ、恐れることなんかないじゃん」というが、「悪いこと」をしているかどうか、それを決めるのは管轄の政府機関だ。恣意的に利用され、嫌がらせに使われることも十分可能なことは、昨今明らかになったFBIなど情報機関が環境団体や市民団体をによる対テロ目的の盗聴対象にしていたことからも明らかだ。

このシステムの意図は導入を農業省と進めている顔ぶれからも想像がつく。これを後押しをするのは全米豚牛生産者(NPP)やモンサント、カーギル社などの大企業だ。小規模農家を駆逐し、食の支配を確立しようとする大企業の姿が見える。モンサントは遺伝子組み替え植物を通し、植物の所有、支配を画策していることはよく知られているが、その野望は植物に留まらない。今年8月には、なんとブタを自分達の発明として特許を申請している。


2005年8月2日付けのグリーンピースの発表

このグリーンピースの記事の中に、
「地球は平坦。
ブタはモンサントの発明品。
遺伝子組み換え農産物は安全」
とオーウェルに倣った表現があるが、この会社は世界の食物供給の支配を企んでいる。このシステムの導入に積極的に関ってきたのもその戦略の一環であることは間違いない。

クルマや銃の登録ならともかく、技術的にこんな大規模な登録制度は現実として、無理だろうと楽観する向きもある。確かに、こんな大掛かりなことがちゃんとできるなら、著作権だってちゃんとコントロールされていて、海賊版なんか出回るはずがない。そうたかをくくることはできる。でも、管理強化の徹底にはちょっとしたきっかけがひとつあれば十分で、すでに狂牛病や鳥フル、狂鹿病など、「消費者」をその気にさせる条件は整っている。あとは、パーマカルチャーを気取って、裏庭で飼われている未登録の鶏から鳥フルが発生でもすれば、それで十分だ。

さて、NAISのもとで、日本を含めた「消費者」は安心して、アメリカ産の肉を食べることができるのだろうか。

たぶん、無理だろう。発病の発見は早くなり、その広がりは抑えられるかもしれないが、発生の原因を根絶することはできないからだ。狂牛病や鳥フルなどを生み出すのは大企業の大量生産方式そのものであり、いくら管理を強化しても、その原因を根絶することは無理だからだ。

大量生産方式の元で、どこの誰が食べるのかわからない「食肉」を作る「生産者」は自分が食べるものじゃない、知り合いが食べるものでもないから、成長ホルモンでもなんでも入った餌をじゃんじゃん使って、とにかく早く、安上がりに、大きく育てることだけを考えるものだ。高く、たくさん売れればいい。「生産者」はそんなことしか考えなくなる。資本主義的にはまことに正しい大規模生産の神髄だ。早く、安く、でかい、そんな「エサ」を求める「消費者」にはお似合いの「生産者」だ。

こうした顔の見えない連鎖は加工者も同じで、自分で食べるものを作る、知っているひとに食べさせるわけじゃないから、顔が見えない「消費者」のことを考えろ、なんて、言ってもそれは無理。安い「エサ」を「消費者」が望むなら、「生産者」も加工業者も、安い「エサ」を提供する。もともと、安くて早い「エサ」にそれなりの品質を要求する方が間違いなのだ。モラルも基準もない「消費者」が「生産者」に質を要求するなんて、大量生産された肉に安全を求めるなんて、はなっから間違っている。

こういう文脈で理解するなら、内閣府のプリオン調査会の座長、吉川泰弘教授の「最終的には消費者が判断することだから、アメリカ産の牛肉が不安だと思う人は、買わなければいい」という発言はまことにまっとうなものだ。

本当に食の安全を求めるなら、どこでどんなふうに作られたのかわからないものを口にするのをきっぱり止め、どこの誰が作ったのか、わからないような加工食品は口にしないようにするしかない。政府に文句を言ったってだめだ。具体的には自分で食物を育てるか、知り合いの農家から手に入れるしかないのだ。

これをきっかけに「消費者」は肉食と外食、加工食品を食べることをきっぱり止めればいい。目が醒めた人は「消費者」なんか止めて、人間に戻り、自分が何を食べるのか、なにが安全な食べ物なのかなんて判断を他人任せにすることを止め、これをきっかけに食料の自給率を高めることを考えてみてはいかがだろうか。安全な卵を食べるため、自分で鶏の一羽でも飼えばいい。そしたら、NAISがつぶそうとしているのは、まさにそうした自発的な食の安全の確保であり、人間へ戻る過程だって気がつくだろう。NAISが、大規模生産方式に反発する小規模農家や、自給用に裏庭で鶏を飼う人を押しつぶそうとするものだということがよくわかるだろう。小規模農家はそれでなくても経営が苦しいところが多い。事務手続きが煩雑になり、登録費も負担し、経営破たんするところが出るだろう。

政府に要求しなけりゃならないのはNAISのような大規模システムではなく、支持が必要なのは近所の小規模農家であり、まちがっても、大規模外食チェーンなんかじゃない。

NAISの恐ろしさは、アメリカで義務付けられれば、それが世界に波及するだろうという地理的な広がりの問題だけじゃない。いったんシステムが出来上がってしまえば、ことは家畜だけでおさまらない。質的な広がりが予想されることだ。

例えば、犬や猫が人間に噛み付くからとかなんとか、ペットが、その次にシステムに組み込まれるだろう。そうして、動物の登録が終われば次は人間だ。今でも「犯罪者」にチップを組み込んで監視しろ、という意見がある。特に性犯罪を犯したものや、麻薬常用者なんて「社会の屑」は、刑期を終えてからもどこにいるか、わかるようにしたほうが社会の安寧のためだ。そんな調子で、「テロ容疑者」、「サヨク」、一般犯罪者がその次だ。他の文化、地域からの移民なんてのも、現東京都知事あたりなら考えるに違いない。

子供の安全を心配する親たちは今でもケータイを持たせているが、それでも安心できない。いっそ、こういうシステムに組み込んだ方がずっと「安心」だ。大人だって、そうだ。政府関係の機関、原発や大工場、空港などで働く労働者はテロ対策のため、素性や居所がわかるようにしたほうがずっと「安心」だ。えーい、面倒だ、人間全部、チップを埋め込んじまえ。てなことは、極めてあり得るシナリオだ。まるでPKディックの描いたような、管理された未来社会だ。

日本の善良な「消費者」たちが、アメリカに「安全な牛肉」なんか無邪気に要求していると、こんなところへ行き着いてしまうのだ。
(28/12/5)

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