キリストが生まれたとされる日に、死がテーマの作品を何度も繰り返し聞きながら、昨夜、急死を知らされた知人Mのことを思い出している。
Mは昔、日本へよく行っていた頃お邪魔する事務所で映像作りの仕事をしていた。特に一緒に仕事をすることはなかったが、隣の机から読み終わった週刊誌や新聞を回してくれたり、あれやこれや雑談して、時々タバコを恵んでもらったりしたはずだ。酒を飲んだりメシを食ったりすることはあんまりなかったけど、しゃがれ声と笑い顔は憶えている。
確か、ヘビーメタル系の音楽が好きだったんじゃなかったっけ。こっちはメタルといってもジャンクメタルを叩く連中の日本ツアーをやったことがあった。チケットが売れなくて、友人、知人に動員をかけた時、Mは喜んでサクラになってくれた。あんまり恥ずかしかったんで、結局、感想は聞けずじまいだったけど。
生命あるものはいつか死ぬなんてことは理解しているし、死を恐れぬ振舞いも人一倍してきた。もっと悲しい死に方なんか世界じゅうにゴロゴロしているし、時間だけ長く生きればそれがいい人生だとも思わない。でも、自分より若い知り合いがぽっくりと先に死んじゃって、それを知らされるのは何度経験しても、生理的に耐えられない。
キリストの誕生を祝う日に、サンタが一枚のCDをくれた。
エストニア生まれの作曲家、アルヴォ・ペルトの新作、ラメンタテだ。独特な音空間を作り出すペルトはずっと好きな作家のひとりだ。サンタは、いつもは一緒に暮らす相棒が化けただけだから、そのへんのことはすっかりお見通しだ。
ライナーに掲載されたペルトの言葉によれば、ラメンタテはロンドンのテート・モダンという元発電所を改造した現代美術館でペルトが2002年10月に観た「マルシアス」という作品に触発された作品だ。マルシアスは、ギリシャ神話によれば、アポロンに音楽の技くらべを挑んで、負けたあと、生きたまま皮を剥がれてしまう半獣半人の笛の名手。アニッシュ・カプーアの作品のほうは長さ155メートル、高さ35メートル、スチールの骨組みに赤いビニ−ルを貼り付けたもので、写真を見ると、とにかくでかい。
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世界最大級のアート出現 !
これを見た時のことをペルトはこう書いている。
「タイム・ワープすると未来と現在が同時に見られるそうだが、自分は生きているはずなのに、死んだ自分が生きている自分を見ている、そんな気がした。突然、自分の人生を別な角度から見ていることに気がつき、自分にはまだ死ぬ準備が出来ていないことに気がついた。残された人生でなにが達成できるのか、自らに問いかける気分になった」
1935年9月11日生まれのペルトが巨大なマルシアスを前にして、そう問いかけたことから生まれたのがこの作品だ。
「交響曲#3」を思わせる曲があったり、ピアノとオーケストラの絡みあいがあったり、最近のペルトらしからぬところもあるが、ひとつひとつの音色、余韻に思いを込め、美しくも物悲しい悲哀な空間を描くとこはペルトの独壇場。一見単純な旋律は反復されるうちに増幅し、荘厳で込み入ったメランコリアな音空間を作り出す。「ミゼレリ」、「鏡の中の鏡」、「アリーナのために」、「ベンジャミン・ブリテンの追悼歌」など、過去の作品の断片がさりげなく引用されていて、それもおもしろい。死をテーマに、ペルトは、生と激しく向きあっている。
ペルトは死と苦難について、こう言っている。
「この世に生を受けた人間、誰にとっても死と苦難は関心事だ。それとどう折り合いをつけるか(もしくはつけられないか)が、意識的であれ無意識であれ、それぞれの人間の人生への態度をきめるものだ」
生き残ったものは、精々、死者のことを胸に秘めながら生き続けるしかない。
クリスマスにペルトのラメンタテを聞きながら、そんな当たり前のことを思った。
Mよ、安らかに。
あたしゃ、これからもムニャムニャし続けるからね。
(25/12/5)
Mは昔、日本へよく行っていた頃お邪魔する事務所で映像作りの仕事をしていた。特に一緒に仕事をすることはなかったが、隣の机から読み終わった週刊誌や新聞を回してくれたり、あれやこれや雑談して、時々タバコを恵んでもらったりしたはずだ。酒を飲んだりメシを食ったりすることはあんまりなかったけど、しゃがれ声と笑い顔は憶えている。
確か、ヘビーメタル系の音楽が好きだったんじゃなかったっけ。こっちはメタルといってもジャンクメタルを叩く連中の日本ツアーをやったことがあった。チケットが売れなくて、友人、知人に動員をかけた時、Mは喜んでサクラになってくれた。あんまり恥ずかしかったんで、結局、感想は聞けずじまいだったけど。
生命あるものはいつか死ぬなんてことは理解しているし、死を恐れぬ振舞いも人一倍してきた。もっと悲しい死に方なんか世界じゅうにゴロゴロしているし、時間だけ長く生きればそれがいい人生だとも思わない。でも、自分より若い知り合いがぽっくりと先に死んじゃって、それを知らされるのは何度経験しても、生理的に耐えられない。
キリストの誕生を祝う日に、サンタが一枚のCDをくれた。
エストニア生まれの作曲家、アルヴォ・ペルトの新作、ラメンタテだ。独特な音空間を作り出すペルトはずっと好きな作家のひとりだ。サンタは、いつもは一緒に暮らす相棒が化けただけだから、そのへんのことはすっかりお見通しだ。
ライナーに掲載されたペルトの言葉によれば、ラメンタテはロンドンのテート・モダンという元発電所を改造した現代美術館でペルトが2002年10月に観た「マルシアス」という作品に触発された作品だ。マルシアスは、ギリシャ神話によれば、アポロンに音楽の技くらべを挑んで、負けたあと、生きたまま皮を剥がれてしまう半獣半人の笛の名手。アニッシュ・カプーアの作品のほうは長さ155メートル、高さ35メートル、スチールの骨組みに赤いビニ−ルを貼り付けたもので、写真を見ると、とにかくでかい。
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世界最大級のアート出現 !
これを見た時のことをペルトはこう書いている。
「タイム・ワープすると未来と現在が同時に見られるそうだが、自分は生きているはずなのに、死んだ自分が生きている自分を見ている、そんな気がした。突然、自分の人生を別な角度から見ていることに気がつき、自分にはまだ死ぬ準備が出来ていないことに気がついた。残された人生でなにが達成できるのか、自らに問いかける気分になった」
1935年9月11日生まれのペルトが巨大なマルシアスを前にして、そう問いかけたことから生まれたのがこの作品だ。
「交響曲#3」を思わせる曲があったり、ピアノとオーケストラの絡みあいがあったり、最近のペルトらしからぬところもあるが、ひとつひとつの音色、余韻に思いを込め、美しくも物悲しい悲哀な空間を描くとこはペルトの独壇場。一見単純な旋律は反復されるうちに増幅し、荘厳で込み入ったメランコリアな音空間を作り出す。「ミゼレリ」、「鏡の中の鏡」、「アリーナのために」、「ベンジャミン・ブリテンの追悼歌」など、過去の作品の断片がさりげなく引用されていて、それもおもしろい。死をテーマに、ペルトは、生と激しく向きあっている。
ペルトは死と苦難について、こう言っている。
「この世に生を受けた人間、誰にとっても死と苦難は関心事だ。それとどう折り合いをつけるか(もしくはつけられないか)が、意識的であれ無意識であれ、それぞれの人間の人生への態度をきめるものだ」
生き残ったものは、精々、死者のことを胸に秘めながら生き続けるしかない。
クリスマスにペルトのラメンタテを聞きながら、そんな当たり前のことを思った。
Mよ、安らかに。
あたしゃ、これからもムニャムニャし続けるからね。
(25/12/5)
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