「山頂2号」という名前は、90年代に一緒に遊んでいた大阪の茨木市にお住まいの「山頂1号」さんに倣いました。パーマン1号、2号ののり。今は「アオラキのカヌー」で海を見下ろす丘の上に暮らしてますが、当時は山の上に暮らしていたからです。 このサイト、基本的には別な媒体に書いた文章の保存が目的なので、図版やリンクなど不備があるかもしれません。まあSpiegel Im Spiegel(鏡の中の鏡)、いろいろ乱反射もある。ということでお許しを。
Monday, December 03, 2007
Sunday, December 02, 2007
お椀舟/coracle chronicle
うちから30キロほどの場所に人口1万2千人の町があります。この辺の行政の中心で、ちょっとした商店街があり、スーパーや動物関係の店、金物屋、市役所などもここにあります。1870年代のゴールドラッシュの頃にできた町で、近所で産出するホワイトストーン作りの建物がドシーン,ドシーンと鎮座する、それなりに豪勢な町です(実は最初にここを訪れたときに、古い銀行やらの建物に結構うっとりと見とれ、滞在を延ばしたのでした)。
うちからはクルマで20分ほど、アブラ代が往復でなんのかんの10ドルくらい(クルマのメンテ代とかそういうのは含まれておらず、単純なガソリン料金)です。まあ、たいていの買い物はここで済ませます。着いてしばらくは2、3日に一回、この町にでかけてましたが、だんだん、ストックがたまり、今では2週間に一度、買い物に出かけるくらいですむようになりました。あんまり出かけないので、でかければあれもこれも、図書館から本を借りたり、銀行に出かけたり、知人を尋ねたり、何でもすませるようにしています。これがなんとか、ひと月に一度くらいで済ませられるようになるのが理想で、そうすれば、いまの10倍くらいになってもなんとか、やっていけるだろうと踏んでます。
ただ、心配なのは結構アーティストや職人など、かなり面白い人間がいるので、それらの人間に会うために出かけなくっちゃならないかなあということです。今日も、ほとんどほかに用事もないのに、この町に出かけました「お椀舟レース」があったからです。


クルミを半分に割ったようなお椀舟、日本やベトナムでもありましたが、この辺の連中が参考にするのは、アイルランドやスコットランド、ウェールズのもの。それぞれ手作りで素材や形もいろいろ。
この町、ペニー・ファージングと呼ばれる前輪の大きな自転車が走ったり、休日には蒸気機関車が走ったりと、ビクトリア時代の町並みにあった活動が盛んで、それが観光の目玉にもなっています。アーティストや職人たちの中には、ピーク時代を意識した上で、「伝統」へ向かう連中もいます。日本でいえばオイル・ピークだから、江戸時代の技術を見直そうってな乗りでしょうか。知り合いの木工職人は電動工具など、いっさい使わず、人力だけで籠や鋤などの道具を作り上げます。
すでに「脱石油時代」を既に生きている連中が、手作りのお椀のような小舟を持ち寄り、速さを競い、お互いの舟を転覆させ合う。小さな浜は笑い声があふれてました。参加したのは10隻ほどですが、この「お椀舟レース」、どんどん、盛んになりそうな気がします。だって「適正技術」であり、おもしろいんだもん。

(本日の勝者、マイクが柳のかごのようなお椀舟をこぐ。これを作るのに一週間かかったそう。)
レースのあと、今日の勝者、普段は柳でかごを作るマイクがうちへ寄って、裏にある池で自作の舟に乗せてもらいました。なかなか、思うように舟を進めることができず、くるくるくるくる、回ってばかりでしたが、だんだん、櫂の使い方がわかってくるとおもしろい。思うような方向にもだんだん進めるようになります。でも、ちょっと強い風が吹くと、もう、木の葉のように風まかせ。これは仕方がありませんね。逆らえない。岸辺から「どこへ行くつもりなの」なあんて笑い声がきこえても、どうしようもない。

この池で魚を養殖しようというアイデアはありましたが、収穫をどうしようかとあれこれ考えてましたが、丸いお椀舟がどうやら解決策のようです。早速、作り方を習い、池に浮かべ、一寸法師のまねごとをするつもり。
うちからはクルマで20分ほど、アブラ代が往復でなんのかんの10ドルくらい(クルマのメンテ代とかそういうのは含まれておらず、単純なガソリン料金)です。まあ、たいていの買い物はここで済ませます。着いてしばらくは2、3日に一回、この町にでかけてましたが、だんだん、ストックがたまり、今では2週間に一度、買い物に出かけるくらいですむようになりました。あんまり出かけないので、でかければあれもこれも、図書館から本を借りたり、銀行に出かけたり、知人を尋ねたり、何でもすませるようにしています。これがなんとか、ひと月に一度くらいで済ませられるようになるのが理想で、そうすれば、いまの10倍くらいになってもなんとか、やっていけるだろうと踏んでます。
ただ、心配なのは結構アーティストや職人など、かなり面白い人間がいるので、それらの人間に会うために出かけなくっちゃならないかなあということです。今日も、ほとんどほかに用事もないのに、この町に出かけました「お椀舟レース」があったからです。
クルミを半分に割ったようなお椀舟、日本やベトナムでもありましたが、この辺の連中が参考にするのは、アイルランドやスコットランド、ウェールズのもの。それぞれ手作りで素材や形もいろいろ。
この町、ペニー・ファージングと呼ばれる前輪の大きな自転車が走ったり、休日には蒸気機関車が走ったりと、ビクトリア時代の町並みにあった活動が盛んで、それが観光の目玉にもなっています。アーティストや職人たちの中には、ピーク時代を意識した上で、「伝統」へ向かう連中もいます。日本でいえばオイル・ピークだから、江戸時代の技術を見直そうってな乗りでしょうか。知り合いの木工職人は電動工具など、いっさい使わず、人力だけで籠や鋤などの道具を作り上げます。
すでに「脱石油時代」を既に生きている連中が、手作りのお椀のような小舟を持ち寄り、速さを競い、お互いの舟を転覆させ合う。小さな浜は笑い声があふれてました。参加したのは10隻ほどですが、この「お椀舟レース」、どんどん、盛んになりそうな気がします。だって「適正技術」であり、おもしろいんだもん。
(本日の勝者、マイクが柳のかごのようなお椀舟をこぐ。これを作るのに一週間かかったそう。)
レースのあと、今日の勝者、普段は柳でかごを作るマイクがうちへ寄って、裏にある池で自作の舟に乗せてもらいました。なかなか、思うように舟を進めることができず、くるくるくるくる、回ってばかりでしたが、だんだん、櫂の使い方がわかってくるとおもしろい。思うような方向にもだんだん進めるようになります。でも、ちょっと強い風が吹くと、もう、木の葉のように風まかせ。これは仕方がありませんね。逆らえない。岸辺から「どこへ行くつもりなの」なあんて笑い声がきこえても、どうしようもない。
この池で魚を養殖しようというアイデアはありましたが、収穫をどうしようかとあれこれ考えてましたが、丸いお椀舟がどうやら解決策のようです。早速、作り方を習い、池に浮かべ、一寸法師のまねごとをするつもり。
Saturday, December 01, 2007
それから/Kia Ora
新しい場所にたどり着いて、1、2ヶ月もすれば落ち着くだろう、書き出せるだろうなんて思ってました。
如何に別な国とは言え、英連邦の同胞、南十字星を国旗にいただく隣国のこと、多少は違いがあるにしても、そのくらいでなんとか、いつもの暮らしのペースに戻るだろうと思ってました。7ヘクタールの農場に暮らすなんて初めてのことだとは言え、これまでの庭いじりやパーマカルチャーの経験から、何とかなるだろうと高をくくってました。
いやあ、甘い甘い。ブログどころか、私信にもちゃんと返事ができないうちに、もう、夏にさしかかろうとしています。皆様、ご無沙汰をお詫びします。
7月末に、それまで暮らしていた海抜千メートルのうちをあとに、オーストラリア大陸の内部をこれが見納めとばかりに二週間ほど旅してから、8月半ばにはニュージーランドの南島に到着しました。

(8月の夕陽)

(11月の夕陽)
前任者から14頭の羊と3羽の鶏とともに生産システムを引き継いでから、それこそ無我夢中です。いっぱしの極道を気取ったことはあっても、羊を追いかける牧童をやるとは夢にも思ってませんでした。
ちょうど春の出産シーズンで、到着するや、ぼこぼこと子羊が生まれ、何のかんので18頭の子羊がシステムに加わりました。羊の出産自体は何の手間もいらず、朝、見回りにいってみると,あらあら、子羊がまた生まれらあってな感じ。でも、春になって牧草が茂り出すまでは毎日毎日、干し草を配って回り、草が茂り出せば茂り出したで、一カ所のパドックの草だけが短くならないよう、あちらからこちら、羊を移動させ、それはそれで大変なことです。前任者がしっかりしたフェンスを残してくれたおかげで、新参牧童にもなんとか、手に追えないことはありませんが、それでも、何のかんの気がついてみると一日が終わっていたりします。何しろ、これまで本格的に四つ足動物の面倒を見たことはあまりありません。
春が来れば来たで、牧草が伸びてくるので、毎朝、干し草を配って回る作業からは解放されますが、今度は電気柵がショートしないよう、回りの草を刈り取らなければなりません。前任者は除草剤を使っていましたが、新参者はできれば使いたくないので、それなりに大変です。しかも、できればアブラも使いたくないので、鎌を片手草刈りをしてます。刈ったところは、段ボールや新聞を濡らして敷き詰め、その上にカーペットを敷く,そんな方法を試してます。果たして、どれほど効果があることやら。
春になれば、夏野菜の種まきもあります。前は種取りをして、自分のところで何年も育てた種のストックがあったのですが、もちろん、引っ越し前にすべて破棄しました。まったく白紙からのスタートで、種を手に入れなければなりません。近所の人がわけてくれたり、種会社から買い入れたり、それはそれで一苦労。しかも、これまでの経験がほとんどまったく役に立たない気候,土地です。近所の人にいろいろ尋ねて回り、何をいつ頃、植えたらいいのか、撒いたらいいのか,学ぶことばかりです。
トマトやなす、キュウリなどは、温室でないと結実しないそうで、幸い、前任者が温室を残していってくれましたが、これまで温室でモノを育てた経験がないんで、毎日毎日、期待と不安で過ごしています。
そんなこんな、慣れない土地で戸惑ってますが、その合間にふっと空を見上げると、息をのまされてばかりです。いやあ、本当にものすごい。海抜60メートル、浜が目と鼻の先な丘に引っ越して、毎朝、東の海から上る朝日にも圧倒されっぱなし。

(9月の朝日)
これからも忙しい日が続くと思いますが、うちの周りのこと、南島のこと、ニュージーランドのこと、そして、世界のことについて、書き始めます。また、どうぞ、よろしく。

(10月の朝日)
如何に別な国とは言え、英連邦の同胞、南十字星を国旗にいただく隣国のこと、多少は違いがあるにしても、そのくらいでなんとか、いつもの暮らしのペースに戻るだろうと思ってました。7ヘクタールの農場に暮らすなんて初めてのことだとは言え、これまでの庭いじりやパーマカルチャーの経験から、何とかなるだろうと高をくくってました。
いやあ、甘い甘い。ブログどころか、私信にもちゃんと返事ができないうちに、もう、夏にさしかかろうとしています。皆様、ご無沙汰をお詫びします。
7月末に、それまで暮らしていた海抜千メートルのうちをあとに、オーストラリア大陸の内部をこれが見納めとばかりに二週間ほど旅してから、8月半ばにはニュージーランドの南島に到着しました。
(8月の夕陽)
(11月の夕陽)
前任者から14頭の羊と3羽の鶏とともに生産システムを引き継いでから、それこそ無我夢中です。いっぱしの極道を気取ったことはあっても、羊を追いかける牧童をやるとは夢にも思ってませんでした。
ちょうど春の出産シーズンで、到着するや、ぼこぼこと子羊が生まれ、何のかんので18頭の子羊がシステムに加わりました。羊の出産自体は何の手間もいらず、朝、見回りにいってみると,あらあら、子羊がまた生まれらあってな感じ。でも、春になって牧草が茂り出すまでは毎日毎日、干し草を配って回り、草が茂り出せば茂り出したで、一カ所のパドックの草だけが短くならないよう、あちらからこちら、羊を移動させ、それはそれで大変なことです。前任者がしっかりしたフェンスを残してくれたおかげで、新参牧童にもなんとか、手に追えないことはありませんが、それでも、何のかんの気がついてみると一日が終わっていたりします。何しろ、これまで本格的に四つ足動物の面倒を見たことはあまりありません。
春が来れば来たで、牧草が伸びてくるので、毎朝、干し草を配って回る作業からは解放されますが、今度は電気柵がショートしないよう、回りの草を刈り取らなければなりません。前任者は除草剤を使っていましたが、新参者はできれば使いたくないので、それなりに大変です。しかも、できればアブラも使いたくないので、鎌を片手草刈りをしてます。刈ったところは、段ボールや新聞を濡らして敷き詰め、その上にカーペットを敷く,そんな方法を試してます。果たして、どれほど効果があることやら。
春になれば、夏野菜の種まきもあります。前は種取りをして、自分のところで何年も育てた種のストックがあったのですが、もちろん、引っ越し前にすべて破棄しました。まったく白紙からのスタートで、種を手に入れなければなりません。近所の人がわけてくれたり、種会社から買い入れたり、それはそれで一苦労。しかも、これまでの経験がほとんどまったく役に立たない気候,土地です。近所の人にいろいろ尋ねて回り、何をいつ頃、植えたらいいのか、撒いたらいいのか,学ぶことばかりです。
トマトやなす、キュウリなどは、温室でないと結実しないそうで、幸い、前任者が温室を残していってくれましたが、これまで温室でモノを育てた経験がないんで、毎日毎日、期待と不安で過ごしています。
そんなこんな、慣れない土地で戸惑ってますが、その合間にふっと空を見上げると、息をのまされてばかりです。いやあ、本当にものすごい。海抜60メートル、浜が目と鼻の先な丘に引っ越して、毎朝、東の海から上る朝日にも圧倒されっぱなし。
(9月の朝日)
これからも忙しい日が続くと思いますが、うちの周りのこと、南島のこと、ニュージーランドのこと、そして、世界のことについて、書き始めます。また、どうぞ、よろしく。
(10月の朝日)
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